執務も終わった午後3時。有利はコンラッドとヴォルフラムと陽当たりの良い窓辺でお茶をしていた。外ではもうすっかり葉を落とした枝が風に揺れていて、そろそろ雪が舞い降りてくる季節。
「そういえばこっちってクリスマスってないの?」
ふとした疑問を口にだす。有利が地球にいた時はちょうどクリスマスシーズンだった。
「くすり…あります?なんだそれは」
言ってることはくだらないがヴォルフが可愛らしく首を傾げた。金髪が陽に透けて輝いている。まるで天使の様だ。黙っていればなんだけど。
「クリスマスというのはキリストの降誕日のことだよ。あれは宗教ですから眞魔国ではないですね」
地球にいたこともあるコンラッドが前半はヴォルフに後半は有利に説明する。
「そっか」
「したかったんですか?クリスマス」
「お袋がさぁ毎年ケーキは商店街のあそこのね〜とか、鳥の足は1人1本とか凄い張り切ってるからさ」
「楽しそうだね」
「コンラッドはアメリカにいた時クリスマスの時期もいたんだろ。本場のクリスマスはどうなんだ」
「そうですね。街中ライトアップされてて綺麗でしたよ」
「ふーん。誰かと過ごしたの?」
クスッとコンラッドが笑う。
「気になります?」
ぐっ。気にならないといえば嘘になります。
「ち、違うよ。だってあっちじゃ好きな人と過ごすって言うじゃないか」
「好きというか大事な人ですね。ほとんどの人は家族と過ごすんですよ。残念ながら俺は独りでしたけど」
「こらっ!僕のわからない話を2人でいちゃいちゃ話すな」
「いちゃいちゃしてないだろ」
これ以上続けるとヴォルフがうるさいからこの話は一旦終了した。
けど有利はずっと考えていた。いつもお世話になってる皆にやっばり何かプレゼントしたい。こんなイベントでもないとなかなか行動に移せない。
翌日有利は村田の所へ行き、相談しにいった。
「ふーんクリスマスのプレゼントね」
「でもこっちではそんな習慣ないみたいだからさ。どうやって切り出そうかな」
「その点は大丈夫だと思うけどなぁ」
「なんで?」
「昨日フォンビーレフェルト卿が尋ねて来てクリスマスってどうするればいいんだって聞きに来たから」
「…村田、ちゃんとクリスマスの事教えただろうな」
村田健こと大賢者は時々ヴォルフラムに間違った知識を与えて、その行動と反応楽しんでいる節がある。
「ばっちり」
本当だろうな。
「まぁそれは置いておいてと。プレゼント買うにも俺、こっちのお金持ってないし、村田、一緒にアルバイトしないか?」
「アルバイト〜!?」
「そうだよ。元手がなければ何にも買えないだろ」
ふっと村田は嫌味っぽく笑い、両手をあげてお手上げポーズをとった。
「あのね渋谷、君は魔王陛下なんだよ。立場わかってる?」
「…わかってるよ」
「だったら君のこと雇おうなんて一般企業だって民間人だっているわけないでしょ」
「うっ…でも変装すれば何とか」
その時ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「あれ?陛下いらしてたんですか。ん?どうしたんですか、むくれちゃって」
「魔王陛下が働きたいんだって」
「はぁ〜??」
ヨザックがものすごくすっとんきょうな声をあげた。
事情を説明すると、腕を組ながら聞いていたヨザックが何やら考えたあと、ボソッと呟いた。
「まぁ、アテがないわけでもないですがね〜」
「何!なんでもするよ」
有利の顔がぱっと輝く。しかしそれとは反対に村田の表情が曇り、ヨザックを睨み付けた。余計な事を言うなとその目が語っているがヨザックはその視線を避けて話を続けた。
「いえね、俺の知り合いの店だったら2人ぐらいなら何とか」
「…2人のうちのもう1人って誰の事」
「村田にきまってんじゃん」
「僕はやるなんて言ってないだろ」
「1人より2人の方が楽しいじゃん。それにさ」
有利は村田の肩を掴んで顔を寄せると、耳元でヨザックに聞かれない様に小さく話す。
「この間グウェンダルのバンドウくん、ヨザックに頼んで作ってもらったんだろ。グウェンの前にヨザックになんかプレゼントあげろよ」
「何で僕が」
「だっていつもこき使ってんじゃん」
有利は村田の肩に手を回したままヨザックに顔だけ向ける。
「ヨザック、二人でやるから頼むな」
「本当にいいんですか〜」
ヨザックは村田に確認をとる。
「一度言い出したら聞かないの君も良く分かってるだろ」
ハァと村田は溜め息をついた。
そしてアルバイト初日。
昼間は執務があるからどうしても夜のバイトになってしまう。もちろんコンラッドやヴォルフラムにも内緒だし、いろいろと問題もある。
制約があるのは仕方ないけどヨザックが配慮してくれて、夜の3時間だけ働くことになった。有利も村田も髪を茶色くして同じ色のコンタクトをいれる。
お店は街のレストラン兼バーで照明は暗めだし、制服もあるからバレることはないだろう。まさか魔王陛下と大賢者がこんなとこで働いているとは思いもよらないだろう。
「全く、渋谷も渋谷だけどグリエもグリエだよ」
「まぁまぁ、一般人の中に溶け込んで国民の生活を知るってのも良い経験だろ」
「時代劇に感化され過ぎだよ。いいかい、渋谷。絶対に騒ぎは起こすなよ。何かあったり正体がバレたら即、連れて帰るからね」
「わかってるって。おっ!お客1号」
有利は客にオーダーを取りにいった。
「いらっしゃいませ。何にしますか?」
客はメニューに視線を落としてて有利を特に気にする様子もない。
「シル汁酒と足一本鳥の唐揚げな」
それってどんな食べ物なんだろう。そういえば血盟城でいつも出されてる料理がどんな食材なのか気にしてもいなかった。これを機に少しは気にしておくのも良いかもしれない。有利はオーダーを厨房に出しに言った。
フロアに戻ると村田が他の客のオーダーを聞いている。店内もどんどん混み始め有利達は次々とオーダーを取り、食べ物を運んでいった。
初日のバイトが終わり裏口から外に出るとヨザックが迎えに来てくれていた。
「お疲れ様です。陛下、猊下どーでした」
「お皿が結構重たいから、腱鞘炎になりそうだよ。でも楽しいな」
有利は両手をブンブン振りながら話した。アルバイトは5日間。残り4日。無事終わるようにと3人は心の中でつぶやいていた。
特にばれることも、問題も無く、アルバイト最終日を迎えた。むしろ誰にもばれないで有利はちょっとだけがっかりしていた。
まだ客が少ないフロアの端で有利達は立ち話をする。
「なぁ村田は何をあげるの?」
「髪飾りなんかどうかなと思って」
「髪飾り…」
ヨザックが髪飾りをしている姿を想像した。…微妙。まぁ女装するから役にはたつよな。
「もしかしてグリエがしてるとこ想像してないかい、渋谷」
「えっ違うの?」
「何で僕が彼にあげないといけないの。ウルリーケにだよ。渋谷は?皆に何をあげるんだい」
「なんせ人数多いからなぁ。グウェンには小さな縫いぐるみで、ギュンターにはハンカチ。ヴォルフにはタイ留めとか、かな」
「ウェラー卿には?」
「実はまだ決めかねてる。明日買い物行くからじっくり考えるよ。村田も行かない?」
「明日は外せない用事があるんだ。ウェラー卿なら渋谷があげた物、なんでも喜ぶと思うよ」
そうなんだよなぁ。けどやっぱ、ちゃんと選んでコンラッドに似合うものをあげたい。
そして5日間のアルバイトは無事終了し、有利達はバイト代をゲットすることが出来た。なんか経験値まであがった気がする。
その夜もヨザックが迎えに来てくれて3人で歩きながら血盟城に戻る。
有利を送り届けた後、ヨザックは村田を眞王廟に送っていった。
「ねぇ君、ウェラー卿に何て言ったの?」
「へっ、何でですか?」
「この数日間、あのウェラー卿が渋谷が城から抜け出してることに気がつかない訳がないじゃない」
ヨザックはポリポリと顎をかく。
「敵わないっすね、猊下には」
どうもと村田は月明りの下でニコッと笑った。
「もうそりゃ大変でしたよ。陛下と猊下を初日に送り届けた後、すぐに捕獲されちゃいました。マジ殺されるかと思いましたよ〜」
「ホント、ウェラー卿は渋谷の事となると見境なくなるからなぁ」
「陛下が皆に内緒で、しかも自分で働いた金で贈り物をしたいから協力してるって言った時の隊長の顔と言ったら〜ルッテンべルクの獅子はどこに?でしたよ」
「そんで君が毎日見張りについた訳だ」
呆れた顔でヨザックが溜め息をつく。
「止めるの大変だったんすから。隊長が店ん中で見張るって駄々こねちゃって。隊長がいたらすぐにバレちゃうっての」
「どうやって拒否したの」
「女装すんならいいですよって」
ぷーっっと村田は吹き出した。
「けど君は女装して見張ってたよね」
「あれ、バレてました?」
「バレバレ」
「あちゃ、俺もまだまだだな。それとも…」
ヨザックが腰を屈め村田に顔を近付け、にっと笑った。
「愛の力ですかね〜」
「ばーか」
村田はその顔をぐっと手で押し返した。
翌日―――
有利は変装し、ヨザックと一緒に城下町へ買い物に出掛ける。
タイミング良くコンラッドが近くの村に視察に行くと言うのでその隙に買物に行くことにしたのだ。
実はヨザックとコンラッドが口裏を合わせていたなんて、有利は知る由もなく、コンラッドにプレゼントするものがばれなくて良かったと思っていた。
コンラッド以外の買い物を終えて、通りを歩いていると一件のアクセサリー屋が目についた。
「ヨザック、ちょっと寄っていいかな」
「陛…坊ちゃん、隊長に女装の趣味はないみたいですよ」
「違うよ!!」
店内には魔石で作れたペンダントやネックレスが並んでいる。
「えっと…あった」
有利は目的の一角を見つけ物色を始めた。
「坊ちゃんがつけるんですか?まさか城の中に狙ってる娘がいるとか。なかなかやりますね〜坊ちゃんも」
「だから違うって。なぁ、ヨザックだったらどれがいい?」
「これなんか綺麗ですね」
「じゃこれにしよう」
プレゼント用にラッピングしてもらい外にでた。
「んじゃ後は隊長のだけですね。何買うか決めてあるんですか」
「へへっ大体ね」
嬉しそうに照れ笑いをして、有利は洋服屋へ入っていった。
入口すぐにある小物コーナーを物色する。
「ヨザックも店内見てていいよ。ちょっと時間かかっちゃうかも」
「ごゆっくりどうぞ」
有利は、商品を手に取り、あれこれ悩んでいたが、店内を見ていたヨザックに手招きし側に来てもらった。
「なっ、ちょっと手を見せて」
有利は差し出したヨザックの手に自分の手を重ねる。
「凄い、大きいなぁ。コンラッドも大きかった。ちょっとこれはめてくれない?」
「これですか?ちょっと小さいですかね」
「んじゃ、こっち」
「これは丁度いいです」
「じゃこっちは」
ヨザックに次々と試着してもらう。右手と左手に違う手袋をはめてもらい、それを前に有利はどっちにしようか悩んでいた。その様子をヨザックは優しく微笑んで眺めていた。
「うーん…じゃあこっちにしよう。買ってくる」
革で出来た濃い茶色のシンプルな手袋。プレゼント用にと店員さんに伝える。
「ごめん、お待たせ」
「じゃ、戻りますか。そろそろギュンター閣下が騒ぎ出してる頃ですよ」
「もうちょっといろいろ見たかったんだけどな」
「次は隊長に連れて来てもらって下さいね。俺はまたいつご一緒出来るかわかりませんから」
「またどっかに行くの?」
「ええ、明日から」
「ええっ!そんな急に。じゃ今日が休日最後だったんじゃん。ごめん、俺に付き合わしちゃって」
「いーえ、俺も楽しかったですから」
有利はさっきアクセサリー屋で買った包みを取り出してヨザックに差し出した。
「これ、ヨザックに」
「へっ?俺にですか」
「うん。あんま高いもんじゃないし中身はさっきバレてるけどさ。俺、いつもヨザックにお世話になってるし、助けてもらってるから」
不覚にも感動してしまう。今までこんな魔王がいただろうか。自分達を戦争の駒としてしか考えず、仕えて当たり前と考えていると思っていた。自分達はその他大勢の人物なのだ。しかし有利は立場に関係なく誰にでも平等だ。
ヨザックはプレゼントを受け取るとその場でひざまづいて有利の手をとった。
「俺こそ、陛下には感謝しています。グリエ・ヨザックは今以上に第27代ユーリ魔王陛下に忠誠を誓いましょう」
有利は急に真面目になったヨザックの言葉と態度にあわててしまう。
「ちょ、ちょっとヨザック、やめてくれよ〜ほら皆見てるし、早く立ってくれ」
ヨザックは立ち上がると照れ笑いをした。
「本当に坊ちゃんが陛下で良かったですよ」
「やめろって〜なんかめちゃくちゃ照れる」
「今回の任務に早速使わせてもらいますかね」
「やっぱり女装なのね」
プレゼントをしておいていまさらなのだが。
「ところで陛下、そろそろ」
「やべっ!またギュンターに汁飛ばされちゃう」
有利が走り出すとその後からヨザックも駆け出した。
「あぁっ陛下探しましたよ、もしも陛下に何かあったらこのギュンター、陛下の後を追う覚悟です」
「わかったごめん。もう勝手に居なくならないから汁、拭いてくれ」
「ユーリ、何処に行っていたんだ!お前と言う奴はフラフラすぐにいなくなる。もっと魔王としての自覚を持て!!」
ダブル攻撃だ。
「はぁすいませんね」
「全く。明日は地球で言うところのクリスマスを行うというのに」
「けど眞魔国にはクリスマスの風習がないんだろ?」
「なければ作れば良い」
そ、そんなに簡単でいいのか?
「そもそも何するのか何の日なのかわかってんのか?」
と言っても有利も詳しく説明出来るわけではないのだが。
「ふっ。僕が何も知らないとでも思ってるのか。来いユーリ」
隣りの部屋に連れて行かれドアを開けると激しい冷気が全身を撫でた。
「寒っ、なんだこの部屋は!!」
「クリスマスをより楽しく過ごすための演出だ」
部屋の中だと言うのに真っ白な雪が部屋中を埋めつくし、あちこちに杉に似た木が埋められていた。
「この雪、どっから?」
「如何です陛下。私の発明した、豪雪を作り出すゴーゴー君です。この器具さえあれば雪のない場所でもあら不思議。たちまち豪雪地帯になります」
いつの間にか背後に現れたアニシナが解説を始めた
「あら?」
しかし、ちょっと前まで吹雪いていた部屋の中がぴたりと止んだ。
「おかしいですね」
部屋の中を覗き込むと真ん中にこんもりと小山が出来ている。
「何だ?あれは。うっわー兄上っ!!」
小山を見ていたヴォルフラムが部屋の中に駆けて行った。
「ええっ!!グウェン!?」
そう言われればなんだか小山のところどころから深緑の布地が覗いている。
「しっかりして下さい
、兄上」
ヴォルフラムが雪を掻き分けて、グウェンダルを抱き起こす。
「う、う、私は一体…」
「兄上しっかり」
有利も駆け寄ってグウェンダルの側にしゃがみ込んだ。
「大丈夫かグウェンダル?何でこんなとこで行き倒れてるんだよ」
アニシナだけがその場所から冷静に様子を伺っていた。
「雪が急速に溶けていきます」
「本当だ」
部屋の中の温度がぐんぐん上がっていき、雪が溶けていく。
「どうやら魔力を発動する者の体温にも左右されてしまう様ですね。安定した継続をしなければ意味がありません。寄ってこの実験は…」
「失敗だ…」
グウェンダルが絞り出す様な声を出して気を失った。
「兄上ーーしっかりして下さい」
「もう少し横になっていれば大丈夫だと思いますよ。閣下もお疲れなんですね」
「ありがとう、ギーゼラさん」
グウェンダルの名誉のため、毒女の毒牙にかかったことは伏せておいた。
「ではまた何かありましたらよんで下さい」
ギーゼラは一礼すると部屋を出ていった。有利とヴォルフラムもグウェンダルの部屋から移動した。
「しかし何であんなことになったんだ?」
ヴォルフラムが悔しそうに親指を噛んだ。
「ユーリの国のクリスマスとやらでは、雪が降ると恋人とのムードも高まり、ますます親密になれると聞いた。どうにかして雪を降らせられないかと思案していた時、アニシナが…」
毒女の囁きに負けてしまったようだ。
「グウェンが生け贄になったのか。って言うかどこでそんな使えない知識を…」
「くっ、今日という今日は許さん!!大賢者めっ」
「あっ、ヴォルフ!」
ヴォルフラムは廊下を走り出し見えなくなった。そしてヴォルフラムが消えた先から、コンラッドが姿を現した。
「陛下?どうされたんですか今、ヴォルフラムが怒りながら走りさって行きましたが」
「あ〜ちょっといろいろあってさ。それより陛下って呼ぶなよ名付け親」
「はい、ユーリ」
有利はにっこり笑う。
「おかえり」
「ただいま」
コンラッドもにっこり笑いかえした。
「あっそうだ」
有利がポンと手をたたく。
「なぁコンラッド、ちょっと手伝ってよ」
有利はコンラッドの手をひいてさっきまで雪国だった部屋に入っていった。
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