「いいんですか?」
「何が?」
僕が人混みですれ違いざまぶつかりそうになると彼は僕の肩を掴んで自分の方へ
引き寄せた。
「坊ちゃんのお誘い断って」
「あぁ、あれね。いいんだよ。なに?君、ホントは参加したかったの」
「いーえ。あっちに参加してたら猊下とお出かけ出来なかったですしね〜」
そう言って彼はにかっと笑った。
「けど、本を買うぐらいなら俺がひとりで徹夜しますよ。猊下まで寒い中並ばなくても」
明日の朝、限定で発売される本を買うため今夜から並びにきたのだ。
「たまには僕だってお忍びで街に出たい時もあるんだよ」
「そーなんすか。なら俺がいつでもお連れしますよ」
僕は目を細めて彼を見上げた。
「君と一緒だといかがわしい場所に連れてかれちゃうよ」
「いや〜ん猊下、グリエのお店はいかがわしくなんてなくってよ」
クネクネとシナを作りウインクをしてくる。
「まったく」
僕は小さくため息をついた。ヨザックがお店を経営していたのは渋谷から聞いた。しかもその店というのが早い話Mrレディのお店だったりする。眞魔国の諜報部員として女装するならいざ知らず、お店まで経営しちゃうなんて諜報部員の女装はどう考えても趣味だろう。
もしかしたら好きなタイプは男性で、男に抱かれたい方なのかと最初のころは本気で思っていたぐらいだ。
眞魔国は僕が住んでいる日本とは違ってかなり恋愛の選択肢が広いから。
「なんか良い匂い」
「並ぶ前に腹ごしらえしましょうか、猊下」
「そうだね。僕はあまり城下町には詳しくないから、君の店以外で美味しいところに連れてって欲しいな」
「え〜俺の店、飯も美味いっすよ」
「ほら、早く。お腹すいた」
「はーい。わかりましたぁ。けどそんな高級な店じゃないですよ。お口に合うかどうか」
「平気。僕、庶民派だから」
ヨザックに連れられて入った店はちょっと照明を落とした静かな店だった。てっきり、居酒屋のように騒がしくてガヤガヤしている店を想像していたので少なからず驚いた。
「随分と雰囲気のある店だね」
「とっておきですよ〜落としたい相手がいる時に連れてくる店なんです〜」
「へぇ、常連さんってわけ」
「まぁちょくちょくは使ってますかね」
ちょっとムカ。
「内緒話にはもってこいなんですよここ」
それぞれが個室になっていて確かに隣の話は聞き取れないし、顔を合わせることもない。
「もうフードとっても大丈夫ですよ」
ヨザックが手を伸ばして僕のフードを外してくれた。
居酒屋だったらいつまでもフードは外せない。彼が気を使ってこの店を選んでくれたのはわかってるんだけど。
「誰とくんの、ここ」
つい、でてしまった問いかけにしまったと思ったがすでに遅かった。普通に流してくれればいいのだが。
その時、一瞬、ヨザックがにやけたのに僕は気づかなかった。
「ここは閣下のお気に入りなんですよ」
「閣下?フォンボルテール卿の?」
「そうです。閣下ったらいーっつも城の中に籠もってるでしょ。たまには外で息抜きぐらいしなきゃまた眉間にシワが増えちゃいますからね。ここなら周りからもわかんないし、くつろげるでしょ」
もし、彼が居酒屋に行ったら市民の皆さんや兵士の方々がくつろげないだろう。
「そうだね」
僕は頷いた。そっかフォンボルテール卿か。
「んじゃ、俺が適当に頼んじゃいますね」
注文した料理が次々と運ばれてくる。ヨザックはそれを必ず一口食べてから僕に出してくれた。毒見をしてくれているのだ。
「別に渋谷と違って僕に何かしようなんて人、いるとは思えないけどなぁ」
取り分けてくれた肉を食べたらかなり香辛料が効いて辛かった。
「何言ってんですか。猊下も陛下と同じぐらいこの国にとっては大事お方なんですから。しかもこんな可愛らしい方が目の前にいたら、何かしない方がおかしいですよ」
ちょっと待って。最後の台詞はニュアンスが違うぞ。
「ねぇ、最後の台詞は個人的意見?」
「一般論も含んだ個人的意見です。猊下は気付いてないかも知れないっすけど、さっきも人混みん中でチラチラ見る奴の多い事といったら。まーったく腹が立つ」
大袈裟にため息をついた。
けどその中の一部はヨザックに向けられた視線だ。
「それ、何飲んでるの?」
「果実のお酒ですよ。一口飲んでみますか?」
渡してくれた紫色の飲み物を一口飲んだ。
「美味しい」
甘いジュースのようだ。僕はそのままごくごくと飲みほした。辛いものを食べていたから喉が渇いていたのだ。
「あ〜猊下そんなに飲んだらダメですよ。一応お酒なんですから」
「なんかあったら君が看病してくれるでしょ」
「そりゃそうですけど」
「おいしかった。ご馳走さま」
立ち上がろうとして目眩がした。
「えっ?」
地面にぶつかると思っていたら大きな腕に支えられていた。
「大丈夫ですか?猊下」
「あれ?どうしたんだろう」
平衡感覚がおかしい。なんだか頭がぐるぐるしている。
「ちょっと待ってて下さいね」
僕を椅子に座らせてヨザックはその場を後にした。僕は急に睡魔が襲ってきて、何も考えることが出来なくなり、テーブルに突っ伏してそのまま寝てしまった。
目を開けると綺麗なブルーの瞳が僕を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか、猊下」
「ここどこ?」
「城下町の宿屋です」
体を起こすと頭からタオルが落ちた。ヨザックが看病してくれていたのだろう。
「えっと」
確かご飯食べた後、強烈な睡魔が襲って来たんだった。
「申し訳ありません」
「うわっ、なんで」
急に大きな声で頭を下げられびっくりした。
「俺が猊下にあんなもの飲ませたから」
「もしかしてあの睡魔はお酒のせい?けど僕が勝手に君のを飲んじゃったんだから君が謝ることないよ」
「しかし…」
「別に気持ち悪いとかもないし、頭も痛くないし」
だけどむしょうに体が熱かった。熱でもあるのだろうか?
「猊下、今夜はここで休んでください。本は俺が並んで手に入れますから」
「僕も行くよ」
「ダメです。猊下は大人しくしてて下さいね。外で具合が悪くならないとも限らないで
しょ」
「行く」
僕はベットから立ち上がろうとしたが、またもよろけてしまう。ヨザックが僕の体を支えてくれた。
「猊下、ほら言わんこっちゃない」
ヤバイ、なんだこれ。体が火照る。ヨザックに掴まれた肩から熱が広がっていく。
「猊下?」
体を強ばらせた僕にヨザックが気づいた。
「ヨザック…」
視線が合うとヨザックの顔が近づいてきた。
息が出来ないくらいの激しいキス。
「…ん…ふぁ…」
苦しくなって抱き締められたヨザックの胸を押し返すとヨザックは唇を離した。
その瞳はいつものヨザックじゃなくて、まるで野生の動物のようだ。
「やっぱり、俺は外で頭を冷やしてきます」
彼を引き止めちゃダメだと頭の奥で警報が鳴る。けど僕は手を伸ばして彼の服を掴んでいた。
「僕の看病をするっ言っただろ」
「……後悔しても知りませんからね」
しないよとは答えなかった。
喉が渇いて目が覚めた。体に回っていた太い腕をゆっくりとはずす。体を起こしてベットサイドの水を飲んだ。熱かった体はもうすっかり落ち着いている。
「ハァ」
僕は小さくため息をついた。
「後悔しちゃいました?」
寝ていたと思っていたけど、多分いつも眠りは浅いのだろう。
「君は後悔してるの」
「とんでもない」
「そう」
質問を質問で返したまま、僕はベットに潜り込んで彼の肩に頭を乗せた。暫くして、彼の寝息が聞こえる。
今後、後悔する事になるだろう。彼をどんどん欲するようになってしまえば。
渋谷を助けるため、何かを犠牲にしないといけなくなるかも日が来るかもしれない。
そしてその時、僕はなんの迷いもなく全てを犠牲に出来るのだろうか。
けど今は…
「僕も後悔、してないよ」
小さくつぶやいて、僕は目を閉じて眠りについた。
End
2009/5/6
最後はちょっとシリアスに。健ちゃんのNo.1は有利だけど、Only.1はヨザックだと思ってます。まだそれには気づかない健ちゃんのお話です。
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