最近の日課といえば朝練の後、朝食を食べ、午前中は執務室で、書類にサインしたり、ギュンターに勉強を教わったりしている。
昼食後も同じ事を繰り返し、時間が出来れば野球の練習をする。ここ数日はそんな平和な毎日を過ごしていた。
その日も書類に目を通していると一枚の書類に目が止まる。

「ギュンター、これって」

ギュンターは差し出された書類を覗きこむ。

「ああ、これは国境の村の復旧作業で足りない物資の調達の依頼ですね」

国境の村って俺が初めて眞魔国に来た時に泊まった村だ。そして人間に襲われ燃やされてしまった村。あの後どうなったのか俺は知らなかった。
だから午後、コンラッドにお願いして村に連れて行ってもらった。

「あっ、コンラート」

走りよって来た子供が俺の姿を見て頭を下げる。もっとこうフレンドリーな感じになって欲しいんだけど。子供はそのまま走り去ってしまった。

「こういう時、ちょっと魔王って立場が重いかなって思うよ」

「すみません、陛下」

「別にあんたのせいじゃ無いだろ」

俺はコンラッドの腕を軽く叩いた。村の中では燃えた家の建て直しを村人達が懸命に行っていた。

「俺も手伝って来る」

俺は廃材を運んでいた女性から荷車を奪うとよたつきながら運んで行った。なかなかにバランスが難しい。

「陛下、危険ですから」

「魔王だからとか言うなよな。目の前で大変な思いをして頑張ってる人がいんのに、知らん振りして城でご飯なんて食べれないぞ」

ふーっと溜め息をついてコンラッドは俺に荷車の扱い方を教えてくれた。

「そう言うと思いました」

けど呆れてるとか怒っているとかそう言う顔じゃなくて嬉しそうに微笑んで俺を見つめていた。

次の日、俺は考えていた。きっと昨日の村以外にも人手や物資が足りない所はたくさんある。本当は俺も手伝いにいければいいんだけどなぁ。

「俺が何人もいればあっちこっち分かれて手伝いに行けるんだけどな」

俺一人増えたとこでどぉって訳でもないだけどさぁ。

「よい心がけです」

バタンとドアが大きく開き赤い髪の眞魔国三大魔女の一人、アニシナが入って来た。グウェンダルの眉間の皺が一本増える。

「話は聞きました陛下。王、自ら民の中に入り、一緒に労働を行い汗を流す。よい心掛けです」

「そんな危険な事を陛下にさせられるか。ましてやいつ刺客に襲われるかも知れないのに」

アニシナは顎を少しあげグウェンダルを一瞥する。グウェンダルよりも小さい体なのに存在感はもの凄い。一瞬グウェンダルがたじろいだ。

「これだから貴方はいつまでたっても向上心というものが養われないのです。全く、何十年無駄に年をとっているんですか。私など常に向上するために日々実験を重ねているのですよ」

「えーとアニシナ、何か用事があるのでは?」

気の毒だと思ったのかコンラッドが口を挟む。

「そうでした。陛下っ」

アニシナが俺に向き直したので「はいっ」と返事をして姿勢を正してしまった。

「先程陛下がおっしゃっていた『俺が何人かいればいいのに』と言うお言葉、このアニシナ、しかと聞き入れました。そこで…」

ゴクッとグウェンダルの喉がなった。

「あら不思議、さっきまであそこにいたはずの人があそこにも!のドッペンペン君っっを持ってきました」

「ど…っ」

「ペンぺン?」

アニシナはパペット人形をどこからともなくとりだした。アニシナの腕の中でくたっと半分に折れている。なんだか前にやったドラクエに出て来る泥人形のような形だ。

「なんだその不気味な人形は」

「貴方が作る人形よりはマシでしょう」

「ぐっ」

「さあ陛下、このドッペンペン君の鼻をポチッとなと押して下さい。今回はおまけにあと一体ございます」

俺は恐る恐るドッペンペン君の鼻をぎゅっと押した。人形はいきなり上半身を起こすとその姿を見る見るうちに変えていく。そしてその人形は…俺になった。

「ふふふ成功のようですね」

「陛下がもう一人…アニシナっこれは一体!」

「このドッペンペン君は鼻に付いたボタンから魔力を流し込むとあら不思議、なんとその押した人物そっくりになってしまうのです」

「コ○ーロボット?」

俺は試しにもう一体の人形に鼻も押してみた。やはり同じように俺が出来上がる。

「すごい、本当にいろんなとこで手伝いができるよ」

「そんなのやだね」

「え?」

それは最初に俺の姿になった人形の口から発せられた。

「やりたきゃ自分でやれよ。俺は嫌だ」

「何言ってんだよ!俺の姿でっ」

あったまくる!俺の姿、1号と呼ぼう、はあっかんべーをすると外に飛び出した。

「なっ!コンラッド」

すぐにコンラッドが後を追いかけるがその体にもう一体、2号が抱き付いた。

「いっちゃやだ〜」

な、なんだその甘えた声はっっ!俺自身が出した声でもないが紛れもない俺の声に真っ赤になった。

「陛下…」

俺の姿の人形に手荒な事もできず、コンラッドは抱き付かれたまま2号と俺を交互に見ていた。

「失敗ですね」

アニシナは赤い髪を肩から後ろへ振り払った。






取り合えず2号は俺の部屋に鍵をかけて閉じ込めておく。早く1号を捜さなくては。

「きゃーっ」

女の子の悲鳴。

「あっちだっ」

「どうしたんだ」

「先程、陛下が」

ちょっと可愛い娘だ。いやときめいている場合ではない。こんな可愛い娘に何をやらかしたんだ。

「へ、陛下!?」

メイドさんは俺の姿を見るとコンラッドの後ろに隠れてしまった。

「さっきの陛下は偽者だよ。何があったの?」

メイドはもじもじして赤くなって下を向いてしまった。一体何を…

「あ、あの、陛下がスカートをめくって…」

ゴメンナサイ。小さな恋の芽は一瞬にして摘み取られてしまった。何してんだ俺のコ○ーロボット。

「どっちに行ったかい?」

「厨房の方へ」

「ありがとう。さぁ追い掛けましょう」

「ごめんよ、俺の姿してるけど俺じゃないんだ。本当にごめん」

俺は何度も謝ってその場を後にした。厨房に飛び込むと一歩遅かったらしい。今日の昼食で出す物だったのだろう。お皿の上の物は食い散らかされた後だった。コックさんが恨めしげに厨房に入って来た俺を見つめている。

「陛下、お腹が空いていたなら他にご用意を致しますのに。皆様の分までお召し上がりになるなんて」

「俺じゃなーいっっ!!」

「すまない。後で説明するがその陛下は偽者だ。どっちへ行った」

「中庭へ出られましたが」

俺達は厨房を後にした。

「うー俺の信用がた落ちだよ」

「町にでも出られたら厄介ですね。一度、グウェンの所へ戻りましょう」

 

 

「見つかったか?」

コンラッドと俺は首を横に振った。

「あちこちから陛下が悪戯をしているとの報告が入ってきている」

「俺がやったんじゃないよ」

「町に出られる前に捕獲しなくては」

「上空に骨飛族を飛ばして捜させている」

「あの人形は元の姿に戻るのか、アニシナ」

「鼻を押せば人形に戻ります。もしくは体内の魔力の効き目がキレれば動かなくなります」

「どのぐらいで?」

「そうですね、陛下程の魔力でしたら一ヵ月程」

気が遠くなる。一ヶ月も偽者を放置できるわけがない。

「捕まえるしかなさそうですね」

「失礼します」

一般兵が入って来た。

「どうした」

「はっ、先程、骨飛族から連絡が入り、陛下とおぼしき人物が眞王廟に向かったとの事です」

「眞王廟!?村田はっ、この事知ってるの?」

「まだだ。すぐに骨飛族から連絡させろ」

「うまく行けば眞王廟で捕まえる事が出来るかもしれない。ユーリ俺達も急ぎましょう」

俺は頷いて部屋をコンラッドと飛び出した。

 

その頃眞王廟では猊下こと村田健が廊下から外を眺めていた。

「あら、猊下、アレは…」

「骨飛族だね。なんか慌ててるみたいだ。ん?あれは渋谷だ。ウルリーケ、僕は下に降りるから骨飛族の伝令を聞いておいて」

「かしこまりました」

村田は外へ出て行った。

「渋谷一人でどうしたの?ウェラー卿は?」

「知らない。アイツらいっつも俺の監視してて嫌になるよ。それよりいいなここ。女の子ばっかりで」

どうも言動がおかしい。

「どうしたんだい?渋谷」

「どうもしないぜ」

「猊下、大変です」

ウルリーケが骨飛族の伝令を聞いて下りて来たのと、もう一人の渋谷有利が飛び込んで来たのは同時だった。

「陛下が.....お二人」

「村田っ、そいつ俺の偽者だ。捕まえてくれ」

「あいつこそ偽者だっ」

村田のそばの1号も声を荒げると1号は俺に飛び掛かって来た。

「ありゃ、判んなくなったよ」

「止めて下さい!!」

コンラッドが俺を取り押さえ村田が1号をはがいじめにする。

「ウェラー卿、これはどうなってるの」

「離せっ、村田」

コンラッドは俺から離れて1号の前に立ち「失礼します」と声をかけると鼻を押した。

「やめろっ…」

断末魔が小さくなり1号は人形の姿に戻った。

「はぁ、良かった」

「これはどういう事?」

くたっとした人形を持ったまま村田が首を傾げた。





「…と言う訳」

「ふーん。姿形はそっくりだったけどね。おかしいとは思ったんだ」

「けどよく俺じゃないって判ったなぁ」

「だって言動がおかしかったし、見れば判るよ。ねぇウェラー卿」

「そうですね」

「えーっなんで?どっか違うとこあったか?ほくろとかニキビとか?」

「そんなんじゃないよ。ところで報告に行かなくていいの?」

「あぁそうだ、グウェンも心配してる。戻ろうコンラッド」

「ええ、そうですね」

「これにて一件落着かな」

「そうだな」

ん?でもなんか忘れてる気がする。

「あーっっ!!もう一体いた」


 

 

「ユーリ、なんで鍵をかけているんだ。ここを開けろ」

「開かないのぉ」

いつもと違う有利の口調に一瞬戸惑う。どうやら扉は外から鍵がかかっているようだ。さっき外出先から戻ったばかりでヴォルフラムはこの騒動を知らなかった。

「今開ける」

合鍵でドアを開けると同時に有利はヴォルフラムに抱きついた。

「どうしたんだユーリ。誰が閉じ込めたんだ」

「怖かったよ。俺、何にも悪い事していないのにコンラッドが閉じ込めたんだ」

「ウェラー卿が?どうして?」

「判んないよ」

瞳をウルウルさせ涙目になっている有利の髪をそっと撫でる。

「大丈夫。僕が戻って来たからにはもう誰にもユーリを触らせないからな」

「ヴォルフラム〜」

有利はヴォルフラムにぎゅっと抱き付いた。

「ユーリッッvvv」

抱きつかれて、もういつものユーリと様子が違う事なんかすっかり忘れている。
『とうとうユーリも僕の大切さに気づいたのか。もしやこれは名実ともにユーリの婚約者となるチャンスでは』
などと考えていた。

「ユーリ、さあ部屋に戻ろう。僕がずっとついていてあげるよ」

「本当?」

「本当さ」

「なんて破廉恥なぁーっっっ」

ちっ。美しい顔に似合わない舌打ちをし、ヴォルフラムは奇声をあげた人物を睨み付けた。

「ユーリは僕の婚約者だ。それを王佐ごときにとやかく言われる筋合いはない」

「なんてことをっっ。まだろくにこちらの作法を知らない陛下が間違って求婚してしまっただけだというのに、そんな婚約など認められません!!さっ、陛下こちらへいらしてください」

ヴォルフラムに抱きついているユーリの腕を取り、ギュンターは自身の方へユーリをひきつけようとする。

「ユーリに触れるなッッ」

負けじとヴォルフラムもユーリの片腕をとった。

「痛いよ〜」

「ヴォルフラム、お離しなさいっッ、陛下が嫌がっているではありませんか」

「貴様こそ、その手を離せッッ」

眞王廟から戻った俺は廊下で俺を奪い合っている二人をみて目が点になる。

「なんで大岡越前裁きになってんだよ」

腕を引っ張られている俺は痛いと泣き叫んでいた。
本当だったら本人が痛がっているのを見て手を離したほうが、本当にその人のことを想っている....ということになるのだが、意地でも二人は離そうとしないらしい。
ちょっと偽者の俺が気の毒になった。
はっ! もしかして明日は我が身??一瞬悪寒が背筋を走った。
冗談じゃない!!

「全く、何をしているんだ二人とも。大人気ないぞ」

コンラッドもいたたまれなくなったのか、止めに入る。

「関係ない奴は黙ってろッ!!」
「関係ない人は黙っていてください!!」

「関係なくなくないっっ。俺が痛がってるからやめろっッ!!」

「陛下?」
「ユーリ?」

二人の動きが止まって、俺をきょとんと見つめていた。

その隙にコンラッドが二人に掴まれている2号の鼻をポチッと押した。俺の姿だったものは、見る見るうちにただの人形へと変わっていった。

「ユーリッッッ!?」
「陛下―――っっ!?」

これで本当に一件落着だ。俺は、は―――っと大きなため息をついた。

 

 

執務室に戻って人形を回収したことをグゥエンダルに報告し、今回の事件のあらましをギュンターとヴォルフラムにも説明する。

「全く人騒がせにも程がある」

そんな事言われても、俺のせいじゃないだろう....

今回の事件の発起人、赤の魔女アニシナは「やはりまだ改良が必要ですね」といいながら人形をもって実験室へ戻ってしまった。
反省....って言葉は彼女にはないのだろう。さすが魔女と恐れられているだけのことはある。

 

 

コンラッドの部屋でお茶を飲みながら俺はくたっとしていた。

「お疲れ様でした。陛下」

「陛下って言うなぁ〜、名付け親」

はいはい、すみませんとコンラッドは微笑みながら向かいに座る。

「なぁ、そういえばなんで村田とコンラッドは俺と偽者の区別がついたの?ヴォルフとギュンターはわかんなかったみたいじゃん」

「ヴォルフとギュンターは今回の事を知らなかったから、部屋にいた陛下が偽者だって疑いもしなかったんですよ」

「じゃ、コンラッドは何で?」

コンラッドは少し考えてから答える。

「カン.....かな?」

「んじゃ違ってたかもしれないじゃん」

「間違いませんよ。絶対に」

コンラッドは言い切った。

「なんで?」

「なんでもです」

俺は納得いかない顔でぷーっと頬を膨らませて、机に突っ伏した。そしてそのままあくびをする。今日は本当に疲れた。睡魔が襲ってきている。

「ユーリ、休むなら部屋で休んで」

「ん....わかってる」

といいつつも瞼が下がってくる。

「仕方ないですね」

体がふわっと浮いて、移動を始める。揺れが気持ちよくて俺はそのまま体を預けた。

「貴方のことを間違えるわけがないじゃないですか。ユーリはこの世でたった一人しかいないんだから」

コンラッドの言葉を聞きながら、俺は眠りに落ちていった。

 

おしまい

2006/5/28

どたばたギャグです。本当は3体で話を作ろうかなと
思ったのですが長くなりそうなので止めました。アニシナさんは
かいてて楽しかったです〜

 

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