なんでこんな事になってんのだとか眼鏡が割れちゃったのだとかはさておいて。
「ユーリじゃなくて陛下だろ、ウェラー卿」
訂正した僕の言葉に少し困った顔をする。
どんな理由があるにせよ、渋谷のもとを離れた人物に馴れ馴れしく名前を呼んでもらいたくないね。
僕の替わりに人質になり敵のド真ん中に連れて行かれてしまった。何も出来ない自分に腹が立って仕方がない。その腹いせも少し含みながら、僕はウェラー卿を睨みつけた。渋谷からことあるごとに聞かされていた人物。眼鏡がなくたって、こんなに近くにいれば顔だってハッキリ見える。背も高くて男前で物腰も柔らかだ。
ちっと僕は舌打ちした。
しかしムカついている場合ではない。早く渋谷を救出しないと。
大まかな作戦を立て、それぞれ指示を与えるが、ウェラー卿は真っ先にでも渋谷の元へ駆けつけそうな勢いだ。
そんなに渋谷が大事なら何故、彼の元から離れたんだよ。怒鳴り散らして聞いてみたかった、その訳を。
残念ながらそんな時間などなく僕はゴーサインをだす。何を犠牲にしても彼だけは助けないといけない。今はそれだけを考えないと。僕は敵陣の中心を見つめる。あそこに渋谷がいる。そして…グリエ・ヨザックも。
僕を見下ろした瞳は、今まで見たことがない、冷たい他人の瞳だった。何が彼の身に起こったんだ。
ウェラー卿が大シマロンへ渡った時、それは彼自身の意志だった。けどあのヨザックの態度に自分の意志なく、どう考えても操られているとしか思えない。でなければ僕を暴力的になんて扱う筈がないのだ。
元に戻せるだろうか?けど…最悪の事も考えておかないといけない。渋谷の救出が第一なのだから。
胸の下あたりがまるで鉛を入れられたように重く、痛みを伴ないはじめる。呼吸が苦しい。ぎゅっと唇を噛むと血の味がした。
「けど…何を犠牲にしても渋谷、君を助けるから」
この眞魔国のために。いや、と呟き、僕は首を振る。
「僕、自身のために」
突然表れた神族の双子と謎の物体(なぜか人魚と呼ばれている。どっかで見たことある?)のおかげで形勢が有利になり、無事渋谷を助け出す事が出来、そしておまけアイテムまでゲットだ。渋谷と僕は再会を喜び、合流した部隊に護られながら船まで到着した。
船に荷物を運びこみ、出航の準備を整える。ふと辺りを見回すと、ウェラー卿と渋谷が何やら話をしながら歩いていたが、姿が見えなくなった。ウェラー卿は小シマロンへサラレギーを送り届けないといけないし、どのみち眞魔国には戻って来ないだろう。渋谷にしてみればいつ会えるかわからない。仕方ない。今回は多目にみるか。
「全く、取りあえず敵だって自覚が全然ないんだから」
僕は大きくため息をついて、タラップをあがった。
「あっ、猊下」
部屋の前で立っていたサイズモア艦長が姿勢を正す。
「いいよ、そのままで。ちょっと中に入りたいんだけど」
「しかし、猊下」
「大丈夫」
何が大丈夫かなんて、わかるわけがない。彼の立場からこれ以上何も言うことは出
来ないだろう。ドアの前に立っていた彼は、横にずれてドアを開けてくれた。
「ありがとう。下がってくれてて良いよ」
僕がニコッと笑うとちょっと赤くなって部屋から出て行った。双黒が可愛く見られるのは、やはり渋谷だけじゃないらしい。
部屋にあるのはベッドのみでテーブルや椅子は全て出されている。そのベッドの上に手を縛られたヨザックが、微動出せずに座っていた。僕はゆっくり彼に近づく。
「何があったんだい」
彼の前で立ちで止まるが返事は返ってこない。
その瞳は僕を通り越しどこか遠くを見ているのか、そもそも見えているのかもわからない。
「ヨザック」
名前を呼んでも反応はない。眼鏡を外し彼の唇に自分の唇を重ねる。
びくっとヨザックの肩が反応するが、一瞬だけのことだった。
「…っ、なんでっ」
僕はヨザック胸にぶつけるように頭をつけた。
「思い出せよ!ヨザックっ」
悔しくて怒鳴ってもやはり彼の瞳は僕を映さない。
ノックの音がする。僕の怒鳴り声を心配したサイズモア艦長がドアの外から声をかける。
「猊下、お疲れでしょうから別室でお休み下さい」
掴んでいた彼の服を離し、ドアに向かう。ドアをあける前に、ヨザックに振り返った。
「僕を一時的にでも忘れたこと、後悔させてやるからな」
ドアを開け、心配そうな顔をしているサイズモアに指示する。
「艦長、手紙を書くから白鳩便をすぐに飛ばせるようにしてくれ」
そしてウェラー卿を探しに行く。
絶対に元に戻してみせる。体は疲れていたが出来るだけのことをしないといけない。あの瞳がもう一度僕を映して名前を呼ぶために。このままなんて許さない。
タラップをおりるとウェラー卿と渋谷がこちらに向かってくる。
「ウェラー卿」
真っ直ぐ向かってくる僕に少し戸惑っている。
「どうされました?まさかヨザックが…」
渋谷の顔色がかわる。
「彼は全く変わりなしだよ。君、このまま暫くは小シマロン王のそばにいるんだよね」
「それが仕事ですから」
「なら、彼を通してでもいい。聖砂国王にヨザックにかけた法術だか何だかを解く方法を聞き出してくれ」
「わかりました。必ず」
「僕達も出来るだけ彼を戻す方法を考えるから」
「ありがとうございます」
「別に君のためにする訳じゃないし、有能な兵士は1人でも多いに越したことはないからね。どっかの誰かさんが故郷に帰っちゃうからいろいろ大変なんだよ。渋谷、そろそろ出航するよ」
嫌味くさい言い方に、渋谷が困った顔をする。ちょっと自己嫌悪。僕はきびすをかえし、船に戻っていった。
港についたら直ぐにフォンカーベルニコフ卿に見てもらおう。彼女なら何かわかるかも知れない。
絶対このままでは済ませないから。もう一度僕の名前を呼ばせてみせる。船の船首から、水平線を眺めてフッと笑みをこぼす。
何よりも大切なのは渋谷なのに.....長い間、記憶を消せず、やっとめぐり合えた大切な友人。なのに、僕はこんなにも欲張りになっている。まさか、同じ時代に僕が欲する人物が2人も現れるなんてね。
「村田、船が出るって。疲れたろ、少し休めよ」
「そうだね」
「ヨザックなら、大丈夫だよ、きっと」
「ああ」
僕は渋谷に促されて、船室に向かった。今は休もう。眼が覚めたとき、全てが上手くいきますようにと僕は願った。
END
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