日中はまだ日差しが厳しいものの、夜になると涼しい風が通り過ぎ、いつの間にか
蝉の鳴き声がコオロギの鳴き声へと替わっている。
窓を開けて外を眺めると頭上には大きな満月が輝いていた。

「月って、どこから見ても一緒なのかな」

眞魔国でも地球と同じように大きな満月が出ていたのを思い出す。

なぜか有利のベットの上で、参考書を読んでいた勝利が顔をあげた。

「どこから見ても一緒なわけないだろ。南半球と、北半球と、それぞれで見たら月の形だって違ってくるし、月食の国だってある」

「....そんな的確な答え期待してませんから」

「どこか行くのか?」

椅子から立ち上がり、ドアノブをまわした有利に問いかける。

「ちょっと散歩。俺が戻ってくるまでに自分の部屋に戻ってろよ、勝利」

「お兄ちゃんと呼べ。ふらふら出歩くと不良に絡まれるぞ。ゆーちゃんは可愛いんだからな」

「とっとと部屋に戻れ」

有利は勢い良く、ドアを閉めて階段を駆け下りた。

外に出ると、満月も一緒についてくる。そういえばどこまで月がついてくるのか、ちっちゃい頃、むきになって走ったっけ。

「眞魔国も満月なのかな」

眞魔国にいた時に城を抜け出してコンラッドと月を見に行った。遮る光が何もない空には、手が届きそうなぐらいの満月が浮かんでいて、草原に仰向けになった有利にコンラッドは微笑みながらキスをしてきた。

「うっ…」

思い出して顔が熱くなる。そして小さく溜め息をついた。

「…会いたいな」

有利は月を見上げた。

近所の公園へ入り、池の側まで近付いていく。水面は頭上の月を写し込んで光を放っている。そこにしゃがみ込んで池を見つめていると風がないのに水面にが波立ち、月の形が歪んでいった。

「あっ」

無意識に手を伸ばしてしまった。何もないところで前屈みになり手を伸ばせばもちろんバランスが崩れる。
次の瞬間有利は池の中に飛び込んでいた。

「うっわぁぁぁーーっっ」

 



次に顔をあげると見知らぬ森の中の池でずぶ濡れになっていた。今までの体験から行けば間違いなく眞魔国のはずなのだが。

「何処だよ、ここ」

街灯もなく、明かりといえば空に浮いている大きな満月の光だけ。
城の中なら兎も角、何処か分からない場所で双黒の魔王がウロウロするのは危険過ぎる。

「眞魔国、だよな?」

池から出て辺りを見回す。もしも、眞魔国と敵対している人間の土地だとしたら?
急に不安になってくる。

「コンラッド…」

ガサガサと後ろから草を踏み締める音。有利に緊張が走った。

「誰かいるのか?」

見つかった!!

「ユーリ?」

「コンラッドっ!」

コンラッドは馬から降りて駆け寄って来た有利を抱き締める。

「良かったぁ、ここ眞魔国だったんだ。違ってたらどうしようかと思ったよ」

「何故、こんな場所に。あぁ、びしょびしょですね。今日はこの池からやって来たんですか」

「あっ、ごめん。コンラッドがびしょびしょになる」

「俺は大丈夫」

コンラッドは馬に付けていたタオルを取り出し、有利の頭を拭きはじめる。

「けど本当に良かった。コンラッドに会えて。ここはどの辺なのかな」

有利は安堵のため息をつく。それはコンラッドも一緒だった。誰よりも先に有利を見つけられて良かった。

「前に来た事がありますよ」

少し歩いて森を抜けると草原に出る。頭上の月が迫ってきているかのように大きい。
そうだ。ここは城を抜け出して、2人で月見をした場所。

「同じ月だ。地球でも満月がすごくてさ。さっき、前にここでコンラッドと一緒に見た月を思い出してた」

「俺もですよ。外を見たら月がきれいで。ユーリと見たこの場所へ来てしまいました」

立って空を見上げる有利の手をコンラッドが握る。

「ここにくれば何故かユーリに会える気がしてた」

「うん、俺も」

お互いが会いたいと想っていたから。だから会うことが出来たのかもしれない。
コンラッドの顔が近づいてくるのを、少し赤くなりながらも素直に有利は受け止めた。

「くしゅんっっ」

顔が離れたとたん、くしゃみが出る。空が晴れていて澄んでいる分、空気が冷たい。眞魔国ではもう秋が訪れていた。なのに有利の格好は半袖に短パン。しかも濡れそぼっている。

「乾きそうにないな。どこかで乾かさないと、濡れたまま馬で走ったら冷え切ってしまうよ。確かこの先に....」

少しだけ馬を走らせたところに古い小屋があった。時々人が訪れているのか、小屋の中には暖炉と薪が積んである。十分使用できそうだ。コンラッドが薪に火をつけると小さな火は瞬く間に暖炉の中で燃え上がっていく。

有利は上着を脱いで暖炉の前に広げた。半袖のシャツだからすぐに乾くだろう。
ズボンを脱ぐかそのままはいて乾かすか暖炉の前で立ったまま少し考えていると、
コンラッドが着ていた上着を有利にかけてやる。

「濡れたまま座ると気持ちが悪いよ」

ちょっと考えて、有利は下着も一緒に暖炉の前に並べた。コンラッドの上着はおしりがかくれるぐらいの長さはあるし、下着ぐらいはすぐに乾くだろう。

コンラッドがタオルを下にひいてくれる。有利がその上に座り込むと、隣にコンラッドも腰をおろした。

「寒くないですか?」

「サンキュー、大丈夫だよ」

暖炉の明かりを眺めながら、学校での出来事や野球の話を有利が話し続ける。時折コンラッドが相槌を打ったり、質問したりする。
パチパチと薪が燃える音とオレンジのゆらゆらと揺れる炎を見ているとここが何処なのか忘れそうになる。言葉が途切れると有利はあくびをかみ殺した。

「眠たいですか」

「ん、ちょっとだけ」

「寄り掛かっていいですよ」

素直にコンラッドにもたれかかると肩に手を回されて引き寄せられた。
久し振りのコンラッドのぬくもりが有利を安心させる。有利はそのまま目を閉じた。










寝返りをしようと頭を動かすと、地面が動いた。

「ん…」

「すみません、起こしてしまいましたか?」

ガバッと有利が体を起こす。寄り掛かって寝ていたはずがいつの間にやら膝枕にかわっていた。

「ご、ご、ごめん!!コンラッド。起こしてくれればいいのにっ」

「気持ち良さそうに寝てましたから起こすのがしのびなくて。でも可愛い寝顔を堪能させてもらったよ」

「な、何だよ、可愛いって!魔族って絶対皆、目おかしいぞっ」

有利は真っ赤になりながら否定する。

「陛下が魔王という立場でなければ、誰もがあなたを自分の手元におこうと奪い合いが始まってしまうぐらいです」

有利は口をパクパクさせ何かを言おうとしたが、出たものは言葉ではなく溜め息だった。

「もう少し自覚して下さいね。俺はいつもハラハラして見てますから」

「コンラッドがぁ?ホント?の割にはヴォルフが側にいても夜一緒に寝てても平気そうじゃないか」

「ヴォルフは口だけだからね。それに本当にユーリの嫌がることはしないよ」

コンラッドがユーリの手を取り引寄せた。

「それともこんなこと他の人にさせてるの?」

頬にキスし、その唇に軽く触れる。

「んなの、コンラッド以外にさせる訳ないだろ」

ちょっと怒った顔でユーリが睨み付ける。もちろん有利がそう答えるのは判っていたが嬉しくて笑ってしまう。

「洋服もそろそろ乾いてますよ。着替えて下さいね」

有利は暖炉の前に並べて置いた服を取りに行く。

「良かった。ちゃんと乾いてる」

下着を着けて上着をコンラッドに手渡す。

「ありがとう、コンラッド」

自分の前だからというのはわかっていたが、無防備な有利の姿にいたずら心がわいてしまう。

「満月の夜は事故が多いらしいですよ」

「へっ、そうなの?」

「ええ。精神的に人体に何らかの影響を与えているといわれています。潮の干潮が月に影響されているように、体の大半を水分で構成されている俺達も何らかの関係があるのかも知れないですね」

へーっと感心している有利の向かいに立つ。

「狼男は満月の夜に変身してしまうでしょ」

「あれって丸いものを見ると変身って説もあるけど」

「満月の夜は人を狂わせてしまうのかもしれませんね、...だからユーリ気をつけて」

耳元で囁かれ、腰に手をまわされる。

「ちょっとっ!!コンラッド」

「そんな格好でいられると俺までおかしくなってしまう」

コンラッドは首筋に唇を這わせる。有利の体がビクッと反応する。しかし有利は抵抗せず、コンラッドの首に腕を回してきた。

 

 

 

有利はコンラッドの腕の中ですーすーと寝息を立てていた。辺りを見回して、コンラッドは小さくため息をついた。こんな場所で有利を抱いてしまうとは。

「すみません、ユーリ」

ほんの少し、有利に触れていたかっただけなのに、回された腕に誘われるがままに体をすすめてしまった。

コンラッドは有利の頬に触れる。

「ん....コンラッド?朝?」

「いえ、まだですよ」

もそもそと有利はコンラッドに体を寄せてくる。

「なら、もちょっと寝かせて....」

「はい」

有利はコンラッドを見てふっと微笑む。

「獅子じゃなくて狼男だな」

そして、小さなあくびをするとまた瞳を閉じた。月が部屋の中に冷たい光を差し込んでいる。

(満月の作用でなくても、もう、ユーリに狂わされているのかもしれないな...)

有利の髪をなでながら、コンラッドは小さくつぶやいた。

 

日が昇り、血盟城へと向かう。まだ地平線では淡いブルーが消えきっておらず、綺麗なグラデーションを作っていて、満月が白へと色を変えたまま空に浮かんでいた。

「綺麗だなぁ」

有利が感嘆の声を上げる。

「なぁ、コンラッド。また次の満月にここに来ような」

「ええ」

「あっ、でも俺が地球にいたらダメだな」

「きっと会えますよ」

「そうだな。昨日だって会えたんだし」

お互いが会いたいと願えばきっと叶う。

「けど...」

「けど?」

コンラッドは有利の耳元に囁く。

「また、狼男に変身してしまうかもしれませんよ」

「なっ!!」

くっと笑ってコンラッドは馬のスピードを上げる。腕の中では有利が赤くなりながらぶつぶつと文句を言っていた。

月に願いをかけよう。
次の満月にも遠く離れた場所にいても、きっと会えると信じて。

 

Fin

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お散歩をしていてあまりに月が大きくて綺麗だったので月のお話を書いてみました。
満月に事故が多いというのは本当らしいです。突発的な事故が満月の日には多くて、
新月にはうっかり事故が多いんですって。

2006/9/13



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