好きな野球チームが9回の裏で満塁2アウトで逆転するか否かの瞬間とか、
アクション映画で主人公が窮地に立ったときとか、すごくドキドキする。
日常の中でだってドキドキすることはたくさんあるのに、なのになんでだろう。
ドキドキして、胸が苦しくなる。
一般家庭に育ったごく普通の高校生の俺が、こともあろうか一国一城の王様となってしまった。しかも人間ではなく魔族のである。
たどり着いた見知らぬ場所で、決闘するはめになるわ、殺されそうになるわで信じられない事ばかりが起こっている。
でも全部本当の事で地球に戻った後も胸で輝いているブルーの魔石が真実だと告げていた。
この魔石をくれた、ウェラー卿コンラートは、眞魔国でも一番の剣豪で、背が高くて好青年で爽やかで、褒め言葉をあげればきりがない。しかも名付け親だったりする。
俺は血盟城のバルコニーで魔石を眺めながら小さく溜め息をついた。いつも元気印の俺が溜め息なんて、なんか悪い物でも食べたのか!といわれるところなんだけど。
「陛下?どうしました」
後ろにコンラッドがいることに気付かなかった俺は驚いて振り向いた。
声がうわずってしまう。
「えっ、あっ何が?」
「なんだか朝から様子が変ですよ。体調でも悪いんですか」
コンラッドが俺のおでこに手をあててきたのを思わず避けてしまう。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「な、何でもない。ちょっと寝不足なだけで。平気、へーき」
「でも、顔が赤いですよ、やはり熱があるんじゃ」
伸ばされていた手は空中で止まり下におろされるが心配そうな顔は俺をじっと見つめている。俺は直視できなくて下をむいてしまった。
「本当に大丈夫だから」
「具合が悪ければ早めに言って下さいね」
「うん、サンキュー」
ダメだ。まともに目が合わせられない。心臓がバクバクいっている。とにかく頭をひやさなければ。その場から立ち去って、俺は誰にもバレないようにアオに乗り血盟城の外へ出かけた。
城外の小高い丘。コンラッドに教えてもらった俺のお気に入りの場所。物凄く空が近くに感じる。
眞魔国に来ていろんな事を教えてくれたのはコンラッドなんだ。
俺は近くの木にアオをつなぐと草原で膝をかかえた。
何でこんなにコンラッドを見るとドキドキしてしまうんだろう。
話し掛けられると凄く嬉しいのに、何て答えて言いのかわからなくて、すぐに顔が赤くなるのがわかる。ちょっと前までそんなこと全然なかったのに。
「へーかー?なんで御供もつけないで百面相してるんすか?」
「ヨザック」
「隣り、いいですか?」
俺が頷くとよっこいせと言って隣りにしゃがみ込んだ。
「ウェラー卿はどうしたんですか?」
ぎくっと体が反応する。
「あっ、いやちょっと1人になりたくてさ」
「ありゃ、喧嘩でもしました」
「違うよ。そもそも俺とコンラッドじゃ喧嘩にもなんないだろ」
「まぁ、そうですね〜隊長が陛下と喧嘩なんてありえないですね。陛下と喧嘩なんてしたら隊長、すっごい落ち込みますし、俺に当たるからやめて下さいね」
「落ち込まないだろ、俺と喧嘩したぐらいで」
「まだまだ隊長のことわかってないですね〜」
ヨザックは両手を上げ困ったといった表情を浮かべた。
そりゃグリエちゃんに比べればまだ知り合ってちょっとだよ。
「俺…本当にコンラッドの事、何にも知らないかも」
体育座りをして膝の間に顔を埋める。もしかしたらギュンターの様に養女どころか本当の子供がいたり、実は結婚してたりバツ1だったりするかも。
「もしかして結婚してたり、してなくても恋人いたり、子供がいたりするとか?」
「結婚はしてないですよ。今も昔も。恋人の話もてーんでききませんけど。子供がいたらそれこそ上王陛下が騒いでるでしょうし」
「そっか」
ほっとしてしまった。
「まぁ昔何かあったとしても今は陛下一筋ですからね」
他の奴なんて目に入らないっしょと付け加えるのをヨザックは止めておいた。
「もしかしてさぁ、俺が邪魔してんのかなぁ」
「はぁ?邪魔?」
俺は頷いた。
「だって新しい陛下は全然この国の事わかってなくて、目を離せないっていうか、つきっきりで護衛しなきゃなんないから、休む暇もないじゃん。仕事ばっかじゃ彼女も出来ないよな」
そう。だからあんなに俺に優しくていつも側にいてくれるんだよ。俺か魔王で名付け子だから。
「いーんじゃないスか。隊長が自分の意思で決めてることですし。それとも隊長が側にいない方が陛下はいいんですか」
俺はブンブン首を横に振った。そんなのは困る。まだまだわからない事だらけの異国で唯一、地球の話ができる貴重な人なのだ。
「あの人がちょっと本気になれば恋人の1人や2人すぐ出来るでしょーけど」
ちょっとふて腐れ気味にヨザックが答える。実際、コンラッドを狙っている女性は多いのだ。
「………」
「あーでもホントに好きな人にはなかなか手ぇ出せないのかも」
ヨザックはチラッと隣を見て、小さく呟いた。
(もしかしてこんなに陛下一筋のくせに、まだ何の進展もないのか?大事にしすぎんのも考えもんだぜウェラー卿)
ここで少しヨザックのお節介心がむくむくと顔をだす。
「もしウェラー卿に恋人が出来たらどうします?」
「え?」
俺は顔をあげてヨザックを見つめた。どうしますと尋ねられても…どうしよう。黙った俺にヨザックが続ける。
「今までみたいには側にはいなくなるでしょうね。毎日顔を合わせる事もなくなっちゃうでしょうし」
「朝のロードワークもついて来てくれなくなるかな」
ボソリと呟いたけど、そんなことが本当に言いたいんじゃなくて、側にいてくれなくなるという事に俺は軽くショックを受けてしまった。
「もともとはツェリ様が陛下だったこともあって城に出入りしてましたけど家族ができたら、足が遠のいちゃうかもしれないっすね」
そんなことあり得ないだろうなぁと思いながらもヨザックはユーリの反応を観察していた。
俺はコンラッドが見知らぬ誰かと暖かい家庭を築いているのを想像するが、上手く浮ばなかった。
「…やだな」
ポツリと本音がもれてしまう。
にっとヨザックが笑みを浮べたのには気付かなかった。
「でもまぁ陛下には婚約者も、可愛い娘もいますからねぇ」
「…」
そうだけど、その二人とコンラッドを比べる事なんて出来ない。
「けどコンラッドはまた別だよ」
「どう言う風に?」
「…」
「坊ちゃんはウェラー卿のことどう思ってるんですかい」
ドキッと心臓が跳ね上がる。
「…何か最近おかしいんだ俺。今まで普通に話せてたのに最近、コンラッドを見るとドキドキしたり顔があつくなったりすんだ。だからなんか苦しくてついコンラッドを避けちゃうんだよ」
「そりゃ…陛下」
うーんとヨザックは唸って目を瞑った。もしかして自覚はないんだろうか。ちょっと隊長が気の毒になってくる。
ヨザックのその神妙な面持ちに俺は不安になった。もしかして、なんか悪い病気とかにかかってしまったんだろうか。何も言わないヨザックの腕を掴んで俺は焦りながら答えを引き出そうとした。
「何!ヨザックっ、俺もしかしたら病気なのか!」
(そうきますか、陛下....)
ヨザックが気の毒そうな視線を向けてきたので、ますます不安になってしまった。
「病気、といえばある種病気かも知れないですね。何でそんなことになったか理由分かります?」
「理由?」
「いつから〜とかどんなことがきっかけでとか」
「それが分かれば治るのかな?」
「もしかしたら」
これはユーリ自身に自覚させるしかないだろう。
俺はいつからこんな症状が出始めたのかヨザックに言われるがままに考えはじめた。つい最近だったっけ、動悸、息切れが激しくなったのは。もしかして心臓病!?いやいや息切れはないだろ俺。
「何かウェラー卿に言われたりされたりしませんでした」
コンラッドに言われたりされたりしたこと?
俺はここ何日かの出来事を思いだす。
朝はいつもどおり起こしに来てくれて、ロードワークをする。
んで朝風呂入って、ご飯食べた後はずっと執務でそん時コンラッドはいない。
兵士の訓練を見ていたり、城の見回りをしているらしい。
お昼の後はちょっとキャッチボールしてまた執務で夕飯食べて自由時間だ。
あれちょっとまてよ。確か3日前。
あれは日中、メイドさん達が中庭で話してたのをつい聞いちゃった時だ。1人で壁打ちをやっていてコントロールが狂って茂みにボールが転がっていった。
四つんばになって茂みの間にもぐってた時、茂みの向こうでメイドさん達が休憩していた。すぐにその場を立ち去ろうとしたんだけど話がコンラッドの事になって俺の動きが止まった。
「ねぇねぇ先程コンラート閣下がお花を持っていらっしゃったわ。どなたかに差し上げるのかしら」
「まぁ、今までそんな噂なんて全然なかったのに!」
「あら、城の中では人気ダントツじゃない」
やっばりな。
「食事係のメアリーなんて隙あらば閣下にすり寄ってるもの」
「そうそう、あの逞しい胸に顔を埋めたい〜なんて言ってたわよ」
「だってあの均整のとれた身体に優しい笑顔。誰だってウットリきちゃうわよ」
「えっ、何!?貴女までウェラー卿狙い!」
「いやーん遊びでいいから抱かれてみたーい」
「もう、何言ってんのよ。ほら休み時間おわっちゃう」
俺はメイドさん達が居なくなってからのそのそ茂みの裏から這い出した。
女の子の話って結構凄いよな。今の話ってアレだろ、うっわー。なんだか変な妄想になって慌てて思考を止めた。良いなぁモテモテ、よりどりみどりだよ。
「陛下?何してるんですか」
顔をあげるとそのコンラッドの顔があった。逆光でわからないけど多分優しく微笑んでる。
「陛下って呼ぶなよ、名付け親」
「そうでした、ユーリ」
差出された手を掴むと思った以上に勢いがついてそのままコンラッドにダイブした。
「うわっ」
コンラッドが支えてくれているから倒れずすんだけど俺はそのまま抱き締められている様な格好になってしまった。『あの逞しい胸に顔を埋めたい』というさっきの話が甦る。慌てて離れようとしたが背中にまわされていた腕に力がいれられた。
「コンラッド?」
「ユーリ」
低い声で耳元で名前を囁かれた。コンラッドの指先が髪を撫でる。俺の心臓の鼓動が速くなる。
「はい、取れました」
「えっ?」
「頭に葉っぱが付いてましたよ。おや?顔が赤い。熱でもあるのかな」
コンラッドの顔が近付いてコツンとおでこがぶつかった。もの凄い至近距離であせってしまう。
「大丈夫っっ何でもない!」
「そうですか、なら良いのですが」
顔を離してコンラッドが優しく笑った。
あれからだと思う。
コンラッドの事を目で追ってしまう。
話しかけられるとドキドキする。俺はヨザックにその話をした。
「うわ〜知能犯」
「えっ?」
「何でもないです。坊ちゃんはあちらの国で彼女はいたんですか?」
「何、唐突に!彼女いない歴16年を現在も更新中だよ」「じゃ、好きな人とかは」
「そりゃ中学ん時はいいなぁて子もいたけど今は野球ばっかだしそんな出会いもないしさ、それって病気に関係あるの?」
ふーむとちょっと悩んだ後ヨザックは急に真剣な顔になって俺に手を伸ばしてきた。
その手が頬に触れる。うわっこそばゆい。
「?どうしたの」
真面目だった表情がニコッと崩れる。
「ドキドキしました?」
「いや、別に」
ヨザックは体をひいて手を引っ込めた。
「陛下の病気はウェラー卿しか治せないですよ」
「全然解決になってないじゃん」
ヨザックが立ち上がり俺に手を伸ばした。俺はその手を掴み立ち上がる。
「そろそろ戻らないと皆心配しますよ。城まで送りましょ。っとお迎えが来たようですよ」
「ユーリっ」
少し手前で馬を降りたコンラッドが駆け寄ってきた。
「心配しましたよ。急に城からいなくなって。まさかヨザックが連れ出したんですか」
「違うよ、ヨザックはたまたまここであって、話を聞いてもらってただけだよ」
横でうんうんとヨザックが頷く。
「話し?何のです」
「う…内緒」
「俺には言えない事?」
あぅぅ、あんまり言えないです。俺はヨザックの方を向いて助け船を期待した。
「ご自身が病気かも〜って悩んでんだよ。まっ、原因はお前みたいだ」
「俺?」
「なっ!ヨザック!」
助け船どころか乗った船から突落とされた。
「大丈夫ですよ〜陛下、きっとすぐに解決しますから。じゃ俺はこれで失礼します」
「ヨザッ!」
肩を掴んで引き止めたコンラッドにヨザックが何か呟いて、手を振りながらその場を去っていった。風が足下を通り過ぎ、ザザザッと草を揺らした。
「ユーリ、病気て…」
「あっ、いや病気っていうか何ていうか」
「俺には相談出来ない事?」
いつも笑顔のコンラッドに笑みが消えて、悲しげな表情になる。そりゃ病気の原因が自分だなんてバイ菌みたいなこと言われたら、嫌な気分にもなっちゃうだろう。
「えっとあの、相談と言うか何と言うか…ずりーよコンラッド。そんな顔されると俺が苛めてるみたいじゃんか」
「だってヨザックには話せて俺には話せないんでしょ」
うっ。
「ユーリは俺よりもヨザックの方が相談しやすいんですね」
「違うよ、今回は何ていうか、その、何かおかしいんだ、俺」
「どんな風に」
「きっとこっちで病気にかかっちゃったんだ」
「どんな」
「…コンラッドが側にいるとドキドキしたり、熱が出たみたいに顔が赤くなる」
ゆっくりコンラッドが近付くと俺の手を握った。それだけでカーッと頭に血が上る。自分でも顔が赤くなってるのがわかる。
「本当だ」
俺は手を引こうとしたがコンラッドは離してくれず俺を引き寄せた。頭の上にコンラッドの息がかかるぐらい側にいる。
「俺に触られるのは嫌?」
「…嫌じゃないけど」
「俺もね、今すごくドキドキしています」
「ええっコンラッドも!」
「はい」
掴まれていた手をコンラッドが自分の胸にあてる。トクトクと速い心臓の鼓動を感じる。俺は耳を胸にあててその音を聞いた。
「速いね。もしかして感染しちゃったの?俺の病気」
クスッとコンラッドが笑う。
「多分、俺の病気がユーリ感染しちゃったんだよ」
なんとこの動悸とか顔が赤くなっちゃうのとかって、コンラッドから感染してきたの!!
「どうすれば治るんだよ!もしかして命に」
「別状はないし、死んだりしませんから安心して」
「なら、どうしたら治るんだよ、これ。コンラッドも嫌だろ」
「俺は嫌じゃないよ」
コンラッドは俺の髪の毛の先をつまんで指先で軽く弄ぶ。なんか大人の余裕みたいでムカつく。けどコンラッドに話してしまった事で少し楽になったことは確かだ。今までこんなに近付いてたら、どうしていいのか分かんないぐらい慌てて、その場から逃げ出したくなっちゃってたから。ドキドキするのにコンラッドの体温が俺を安心させる。
スッとコンラッドが体を離した。
「心配して迎えに来たみたいだ」
ドドドドドッッと物凄い地響きで馬が近付いてきた。
「ユーリッ!!」
「うぇっ、ヴォルフラム」
馬から降りて俺に駆け寄ると思い切り耳を引っ張られた。
「このへなちょこっ!僕に何も言わず勝手に城から抜け出すなっ」
「いててててっ!離せってヴォルフ!」
「しかもコンラートと二人きりで何をしてたんだっ」
「何にもしてねーよ。ちょっと話をしてただけだろ」
「話だったら僕としろっ」
相変わらずの自己中だ。
「そろそろ風が冷たくなってきた。城に戻りましょう」
コンラッドがアオを連れて来てくれた。
「うん」
俺がアオに飛び乗るとまだヴォルフが文句を言っている。
「ほらヴォルフラムも、陛下が風邪を引いたら話も出来なくなるぞ」
ふんとコンラッドを睨み付けるとヴォルフラムも馬に飛び乗り、俺の横に寄り添うように歩く。
結局、どんな病気なのかわからずじまいのままだし、ヴォルフがいるから聞けなくなってしまった。城に戻ったらちゃんとコンラッドに聞こう。
俺はそう決めて城へと戻った。
2007/1/28続いております。
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