「ねぇねぇ、そこの逞しい上腕二頭筋の君」

「もしかして、俺のことっすか?」

少年は人の良さそうな笑顔で頷き、グリエ・ヨザックを手招いた。

「グリエ・ヨザックです。えーと坊ちゃんと一緒にいた…」

「村田健。渋谷とは中学の2、3年が一緒の同い年。君は以前からの渋谷の知り合いみたいだけど」

さて、どこまで話していいものだろうかとヨザックは考えていた。

「まぁ顔見知りってとこですかね」

無難な答え方をしておくにとどまる。

「箱はいくつ集まったの」

「箱?何のことです?」

さりげなけく知らない振りをするがヨザックの声に一瞬緊張が走る。

「鏡の水底。風の終わり。地の果て。凍土の劫火の4つ」

ヨザックの顔色が変わった。その瞳が鋭く光る。

「あんた、何者だ」

異世界から巻き込まれてきた、ただの有利の友人にしては知りすぎている。有利は話したのだろうか。いや、有利の態度からするとそれはない。

「そんなに警戒しないでよ。アレを封印したのは僕達だから」

手に触れていた剣をいつでも抜ける状態にしていたヨザックはその場に立ち尽くしてしまった。

最初は半信半疑だったヨザックも村田の話を聞いて信じざるを得なかった。あまりにも詳しすぎる当時の様子。一言で嘘だと言い切れないスケールの大きさだった。

「では、貴方があの双黒の大賢者」

ぼーぜんと目の前の金髪、ブルーアイズの顔を見つめる。

「ああ、これ?せっかくの夏休みだから出会いを求めて今だけ変えてみたんだ。似合う?」

似合うと言われても元の姿が分からないのだから答えようもない。

「ちょっとおかしいとは思ってたんですよ。陛下でさえ最初はここの言葉が理解できなかったって聞いてましたし、今でも読み書きはあやふやだ。なのに一緒に来たお友達は読み書きどころかこの状況に不思議がる様子もない」

「驚いてはいるよ。あんまり顔にでてないだけで」

「陛下には」

「まだ知らせないで欲しいんだ。話す時がきたら自分で話すよ」

村田健と名乗った少年、猊下はにっこりとヨザックに微笑んだ。

「渋谷のこと守っていてくれてありがとう」

これが初めて村田に会った時の会話だった。

二回目に会った時は、有利と同じ黒髪の黒い瞳だった。正直、前の姿より数十倍似合っている。
有利と同じ黒い瞳だけれど少しグレーがかっていて、見つめると吸い込まれそうだった。その瞳を見ると何故か心の奥がざわざわしてヨザックは目があうとつい視線をそらしてしまう。まるで心の底を見透かさてしまうようで。

陛下の臣下だからなのか、それとも何でも屋のお庭番と思われているせいなのか色々な用事を頼まれる。と言うか押し付けられている。

「あれ、ヨザック、村田もどうしたんだ」

血盟城の廊下で陛下に呼び止められる。

「地下の宝物庫に用事があるんだ。渋谷も来る?」

「行く、行く。面白そう。ヨザックは?」

「荷物が多くなったら運んでもらうんでついてきてもらったの」

「有無を言わさず」

「人使い荒いなぁ」

「もっと言ってやってください、坊っちゃん」

ギロッと睨みつけられるとヨザックは有利の後ろに隠れるような仕草をした。

「まぁまぁ、で、村田は何を探しに来たの?」

「うん。ずっと前にここに剣をしまってたのを思い出してね。まだあるかなと」

「剣?伝説の剣とか?聖剣とか?」

「君にはモルギフがあるだろ。そんなたいそうなものじゃないけど眞王がモルギフを使う前に使っていた剣とかさ」

扉の鍵をヨザックが開け中に入ると、埃っぽい臭いが鼻につく。地下にあって光が入らないせいもあるが足元から冷気が上がってヒンヤリする。温度も何度か低いのだろう。ヨザックが先に進み、壁にかかっている燭台に灯りをともしていった。

「何かでそう」

「街の子供達は血盟城の地下は魔物がいるって喜んでますよ」

「そこって喜ぶとこなのか?普通怖がるだろ」

「魔物はヒーローだからね、ここでは」

「そうなのか?でも魔物って事は強いのかなぁ」

「大丈夫だよ、グリエがいるだろ」

「それって俺の事を頼ってるって事ですか」

「当たり前だろ〜」

「そうだよ。いざとなったら僕と渋谷はグリエに犠牲になってもらって逃げ延びるから」

(ひどい…)ヨザックは心の中で呟いた。慌てて有利がフォローに入る。

「大丈夫だよ、ヨザックが魔物に負けるわけないじゃん。俺はすっごい頼りにしてるからな」

「坊ちゃん優しい〜、グリエは何処までも陛下についていきますよ」

「グリエ、前、照らして」

「へーへー」

少しして部屋の一番奥にたどり着く。

「剣なんて何処にもないぜ村田?」

「ちょっとここ照らして」

ヨザックは言われた通り、村田の手元に灯りを移動する。
『かちっ』と小さな音がした後、目の前の壁がゴゴゴゴゴと音をたて移動し、空洞が出来た。

「すっげぇ、隠し部屋だ」

「ここ以外にもこういった仕掛けはアチコチにあるはずだよ。僕も全部は思い出せないけど」

「罠でも仕掛けてそうだなぁ」

先にヨザックが中へ入り、その後に村田が入る。そして最後に有利が続く。有利は辺りをキョロキョロと見回していた。

「あまりアチコチ触らない方が良いよ。罠が作動っうわわわぁっっ!」

「猊下っ」

突然背後で消えかける村田にヨザックは手を伸ばしその腕を掴んだ。しかし無理な体制から手を伸ばしたため勢いのついた体重を支えきれず、そのまま二人で穴に吸い込まれていった。

「村田っ、ヨザックっ」

――――

「いててて」

村田をかばって抱きかかえるように地面に落ちたため左肩をしこたま打ち付けてしまった。骨に異常はないようだがかなり腫れているのだろう。動かすと痛みが走る。

「猊下?大丈夫ですか」

「っててて」

村田は両手両足が動くか確認する。

「うん、大丈夫みたい」

「かなり落ちたみたいですね」

「渋谷は上に残ったの?」

「まぁ隊長に知らせて捜しに来てくれるとは思いますけど。立てますか?」

ヨザックが村田の上半身を抱えて起こし、ポケットからマッチを取り出すと火をつける。二人のいる箇所だけほんのり明るくなった。村田はハンカチを取り出して少しでも火を保とうとそれに火をつける。今度はヨザックが落ちていた剣とぼろ布を拾い、剣に巻き付け火を移した。
明かりの範囲が広がり、ほんのりと部屋全体が浮かび上がる。地面に転がったシャレコウベが目についた。

「随分と前に迷いこんだのかな」

「上に上がるのは無理ですね」

部屋の大きさは10畳程。四方は石の壁に囲まれ、扉らしきものは見つからない。

「無駄に動いても仕方ないよ」

村田は壁際に座り、ヨザックを手招きする。それでもヨザックは一通り壁を調べ、出口はないのを確認して村田の隣に腰掛けた。

「何処にいるか分からない場所に、誰にも知られないまま閉じ込めらているわけじゃなし、ウェラー卿やフォンヴォルテール卿が見付けてくれるよ」

「ははは…」

ヨザックは力なく笑った。村田を危ない目に合わせた挙句、その村田に慰められ、もしも上司に見つけてもらったとあっては減給ものである。どうも村田と一緒にいると調子が狂う。

「しかし寒いね、ここ」

そういうと村田はおもむろにヨザックの腕を掴み自分の肩に回すと寄り添ってきた。

「うん、暖かい」

村田の髪がヨザックの顔を擽る。黒い髪がオレンジ色の炎を照らし揺れているが眼鏡に明かりが反射してその瞳は見ることが出来なかった。綺麗だなとヨザックは心の中で呟く。腕の中にスッポリ納まってしまう位小さくて、なのにこの国を創った眞王と並び評される大賢者なのだ。可愛いなどと口が避けても言えない。

「昔もこんなこと、あったよ」

「へっ」

突然村田が顔をあげ話だしたのでつい慌ててしまう。

「眞王と出来たばかりの血盟城の探検をしていたんだ。そしたら城内の罠にかかってしまってね。二人で閉じ込められた」

「でも、無事でれたんでしょ」

「3日後にね」

「3日後〜」

「今日みたいに誰かが僕達が罠にかかったことを知っていた訳じゃないからね。大捜索してくれたみたいだよ」

「にしても3日も発見されなかったんすか」

「後で聞いたんだけどどうも僕達二人そろっていなくなったから、周りが変な気を利かせてね。たまには二人きりにしてあげよう〜て話になって、で捜索が遅れたんだ。その間、僕達は大変な目に合ってたってのに」

「どうします、今日見つけてもらえなかったら」

村田は「うーん」唸りながら考え始める。

「あり得ないこと考えてもなぁ」

「絶対出れると思ってる口調ですね」

「グリエは思ってないの?もし渋谷が僕の事を見付けられなかったとしても君が何とかしてくれるだろ」

にっこりと微笑まれる。

「うっわーそうきますか」

「そうそう。でも取り合えず魔王の登場を待とうかな」

この状況を楽しんでいるかのように嬉しそうに話す。さすが4千年も生きていると、いや正確には記憶だけなのだが、楽天家になるのだろうか。
しかしかなりこの中は気温が低い。隣から小さな振動が伝わってくる。

「猊下、もう少しこっちに」

「うん、寒いな」

素直に体を寄せてくる。抱き締めた体は冷えてきっていた。明かりもそんなにはもたないだろう。ヨザックはもう一度出口を探そうと立ち上がりかけた。しかし村田がしがみついていたため立ち上がることが出来ない。

「猊下、もう一度出口を探してみますから、ちょっと待っててもらえますか」

しかし村田の腕はヨザックから離れない。自分を見上げる瞳がまるで行かないでといっているようだった。

「猊下…」

ヨザックが顔を近付けると村田はゆっくりと目を閉じた。ヨザックはそのまま村田を抱き締め、唇に触れる。最初は確かめるように。そして軽く何度も角度を変えて。

「ん…ぁ」

聞いたことの無い村田の声にますます離せなくなる。いつも冷静でちょっと皮肉屋の彼がどんな顔でどんな声を出すのか聞きたかった。首筋に唇を這わせ、シャツのボタンを外していく。胸に顔を埋めようとして思いきり、手の平で押し返された。

「ふがっ、何をすんですかっ」

急に嫌になったのだろうか。ここまできてそりゃないだろう。

「しっ、人の声がする」

「…本当だ」

ヨザックは立ち上がり、声がする壁へ近付いていく。

『ヨザックっ〜村田〜どこだぁ』

「渋谷っ」

いつの間にか服を整えた村田が隣に立っている。

『どこ?どこにいるんだよ』

ヨザックが剣で壁を叩く。

「ここだよ。渋谷が立ってる上の方に燭台があるだろ。その左だけに火をつけて」

ゴゴゴゴと音がしてただの壁だと思っていた箇所がゆっくりと開いていった。明かりが差し込み有利が飛込んできた。

「よかったぁ、二人とも大丈夫かっ」

「うんお陰さまで。意外と早かったね」

「猊下、お怪我は?」

「うん、僕は大丈夫。でもグリエは余り大丈夫じゃないみたいだから、ギーゼラを呼んで見てあげて」

「どこか怪我をしたのか?」

コンラッドが心配そうに近付いてくる。

「ちょっとだけ肩を痛めたけどたいしたことはないですよ〜」

まさか気付かれているとは思わなかった。先を歩く村田を見つめる。

「寒かったろ。しっかし、よくこの仕掛けわかったな」

「グリエちゃんが温めてくれたからね。それにここは前にも閉じ込めれたことがあったから、もしかしたら同じ仕掛けかなと思ったんだ」

「前っていつだよ」

「4千年前」

「それ前すぎ…ヨザック、コンラッド、早く戻ろうぜ」

有利が促してくる。

「ヨザック、さっきの猊下の言ってたことって…まさか」

有利は聞き流した様だがコンラッドはしっかり聞いていたらしい。

「無粋なこと聞いちゃいやーん。猊下とグリエのひ・み・つvvかし猊下は奥が深いね。グリエちゃん本気になりそう」

コンラッドが心底驚いた顔をする。こんな顔は滅多に見られない。

「・・・・まぁ、頑張れ」

一つ小さく息を吐くとコンラッドはヨザックの肩をポンと叩いた。

一筋なわではいかなそうだが。

 

 



「はい、これで大丈夫ですよ」

ギーゼラに診てもらい、楽になった肩をヨザックは回してみる。

「うん、大丈夫だな」

「完治してる訳じゃないので何回か湿布を変えてくださいね」

「サンキュ〜ギーゼラちゃん」

「どういたしまして」

ギーゼラは部屋を出ていった。

「なんでまた宝物庫に入っていったんだ」

コンラッドが尋ねる。

「猊下が探し物があるからって、そのお供に」

結局村田が言っていた剣は見付からなかったのだが。

「なあ、アノ罠って誰が作ったの?眞王?」

「僕だよ。やっぱりお城には罠。罠は仕掛けてなんぼだしね」

「悪趣味だなぁ〜しかも自分で仕掛けた罠に落ちたら意味ないじゃん。もし俺たちが村田たちのこと探せなかったらどうしてたんだよ」

有利が村田とお茶を飲みながら、話をしている。

「ああ、地面に骨地族がいたから、他の骨地族とか、骨飛族に連絡とってもらってここのこと伝えようかなって思ってたよ。ほら、彼らって独自の通信網があるだろ」

「そっか。あれ、ヨザック顔色悪いよ。肩痛むの?」

ヨザックは顔を両手で覆ってがっくりと肩を落としていた。そのまま首を横に振る。

「何でもないです....」

ということは一部始終を骨地族に見られていたということか.....

コンラッドが気の毒そうな顔でヨザックを見下ろしていた。

それから数日後、眞魔国の骨地族と骨飛族の間で、なにやらメロドラマ的ストーリーが流行っていたとかいないとか。

Fin
2006/4/3

初めて書いたヨザケンです。ヨザケンに関してはいろいろ考えることがたくさんあって、
これからもちょくちょくかいていこうと思ってます。

ブラウザを閉じて戻ってください。

 

 


inserted by FC2 system