埼玉の空はどんよりしていて、星一つ見えない。関東は梅雨入り真っ最中で、
星どころか雨が降ってきそうだった。

「今年も曇りか雨かなぁ」

俺は空を見上げて呟いた。


商店街の入り口に笹が飾られ短冊や折り紙でおった飾りものがぶら下がっている。沢山の願い事をぶら下げ、重みに耐えられないのか笹は大きくしなっていた。

「人間は欲深いね。ここぞとばかりに願いをかけるんだ」

「村田」

「やっ、渋谷。今帰りかい」

振り返るとめがね君の村田健がにっこり笑っていた。


「このぶんじゃ明日も曇りか雨みたいだね」

ファーストフード店に入るなり雨が降り始める。

「ナイターがなくなる。みんな球場ドームにすればいいのになぁ。いやでもそうすると
あの雨の中の客席の一体感とかなくなっちゃうか」

「君って本当に野球バカだね」

そのとおりだけどはっきり言うな。

「明日は七夕なんだから、星に願いぐらいかけないの?」

 「もちろん西武優勝は毎年短冊に書いてる」

恐らく今年もお袋が笹と折り紙を用意しているから家に帰ったら早速書くけれど。

「違うよ。まーったく色気がないなぁ」

あってたまるか。

「そうゆう村田はどんなお願い事すんだよ」

「え〜僕。僕は総選挙が早めに行われますようにとか株が持ち直しますようにとかい
ろいろさ」

「………もっと普通の願い事しろよ」

「例えば…好きな人に会いたいとか?」

言われてドキッとしてしまう。

「あれ、図星」

「ち、違うよ。確かに眞魔国の人達には会いたいけどさ」

「年に一度、公に願い事しても良い日なんだから、バチは当たんないよ」

願い事をしてすぐ会えるんだったら苦労しないっての。俺は心の中で呟いた。

「雨止んだみたいだね」

俺達はまた降られる前にと店をでて村田と別れた。





「ただいま」

階段をのぼりかけているとリビングから声がかかる。

「お帰りなさい、ゆーちゃん。着替えたら、七夕の飾り付けお願いね」

「はーい」

Tシャツとカリブパンツでリビングに入る。
テーブルの上には沢山の折り紙と文具が置かれていた。お袋は鼻歌を歌いながら夕飯の支度だ。

笹の飾りで定番の鎖を作り始める。俺は折り紙を細く切って輪を作りどんどん繋げていった。

前に眞魔国を訪れたのは1ヶ月前。眞魔国とこっちは時間の流れが違うから眞魔国では2ヶ月以上経ってるかも知れない。
そんなに離れてて不安になったりしないんだろうか。もしかして忘れられちゃったりしてないよな。あんたは今、何してんの。

「やだゆーちゃん、笹の葉ぐるぐる巻きになっちゃうわよ」

お袋の声にはっとして手元をみるとテーブルから折り紙の鎖は落っこちてどくろを巻いていた。

「これはもういいから短冊作って願い事書いちゃいなさい」

「あ、うん」

差し出された短冊を俺はそのまま見つめる。さっきの村田の言葉が蘇った。

「年に一度の願い事、かぁ」

「ゆーちゃん何悩んでるの?」

「別に悩んでなんか」

「うそ。いつもだったらすぐに西武ライオンズ優勝!!って書いてるもの。さては、好きな子でも出来たの?」

「違うよ」

「駄目よ!!クヨクヨ悩んでないであたって砕けろ!なんだから」

「......砕けちゃダメだろ」

「人の揚げ足とらないの、でどんな子なの?ママゆーちゃんが選んだ人なら、応援しちゃうからね」

はぁ…ため息をついてリビングからでる。

「ゆーちゃん、願い事は?」

「あとで書く」

俺は風呂場に向かった。

「願い事か…」

俺は水が張られた湯船を覗き込む。
叶うなら今すぐ会いたかった。
水に触れる。

「本当に願いが叶うなら、あんたに会いたいよ、コンラッド……へ?」

湯船の中心が渦を巻き始める。これって!
勢いを増した渦は俺の腕を絡みとり、渦の中心へ引きずり込んでいった。







「ぷはぁ!」

顔を出して辺りを見回す。見慣れない風景。岸は少し遠くで、周りは木が生い茂っている。いつもの噴水や血盟城の風呂場ではない。

「どこ?ここ」

岸辺に木で作られた舟と桟橋がある。近所に村があるかもしれない。俺は岸辺に向かって泳ぎ始めた。岸に上がり、しばらくその場に佇む。俺がさっきまでいた埼玉と違って空は雲ひとつない。しかし、陽はだいぶ傾いてきている。濡れた体のままでは風邪をひいてしまう。

・・・・人間の村だったらどうしよう。

はぁとため息を漏らす俺の背後から声がかかる。。

「こんなとこでなにしてるの?」

振り向くと5、6才だろうか男の子が手に小枝を抱えて俺を見ていた。

「ま、迷子になっちゃって」

「びしょびしょだよ」

「ははは、落っこちゃったんだ。ねぇ、ここはどこかな?眞魔国?」

「うん、お兄ちゃんどっからきたの」

人間の土地ではなかった。まずは第一段階クリア!

「えっと〜お城のある方から。ここはお城からどのぐらい離れてるの?」

「いっぱい。馬で2日ぐらい」

結構遠い。

「君の家に馬はいるの」

「僕の馬じゃないけど今はいるよ」

やった、馬が借りれるかもしれない。

「村に連れて行ってくれないかな」

「うん、いいよ」

俺は男の子と並びながら歩いた。なんか...すごく見られている。

「えーっと俺の顔なんか付いてる?髪とかに水草とかついてんのかな?」

慌てて髪や顔を触るが、何も付いてはいない。

「お兄ちゃんの髪の毛黒いね。瞳も真っ黒だ。僕、初めて見た。お城にいる王様も黒いんだって聞いたことあるよ」

「そ、そう」

まさか俺がその魔王です、とは言えなかった。

「あっ、あそこだよ、僕の家」

男の子は小走りになった。確かに馬が近くの木に留められている。馬が俺達を見て、いなないた。なんかこっちに来ようとしているんだろうか。前足をまるで足踏みしているみたいに動かしているがつないだ縄が邪魔をしてこっちに来られないようだ。

人懐っこいのかな?男の子が家に駆け寄るとドアが開き、女性が顔を出す。

「なんだい、遅かったね」

男の子のお母さんだろう。

「おや」

女性は俺を見て一瞬、驚いた顔をした。

「母さん、あの人、湖に落ちちゃったんだって。しかも迷子なんだって」

俺はぺこっと頭を下げた。

「まぁ、びしょびしょじゃないかい、風邪を引くよ。中へお入りなさい」

「おじゃまします」

俺は中に入れてもらうことにした。タオルを手渡される。

「驚いたね、本当に髪も瞳も黒いよ」

「はぁ」

「さっきまでね、魔王様の話を聞いていたんだよ。双黒の。だからあんたの髪の毛の色を見てびっくりしてね。でもまさか、こんな村のはずれにびしょびしょになった魔王様が現れるはずないしね。最近は街のほうで魔王様を真似て髪を黒く染める若者も多いって言うから、あんたもその口だろ」

「あはははは」

すみません、びしょびしょの魔王で。

「しかし迷子になったって言うけど、なんでこんなとこに来たんだい?」

俺が知りたいです。

外でまた馬がいなないた。

「あの馬を借りる事って出来ますか?」

「あの馬は私達の馬じゃないんだよ。今日は街から知人が来ていてね。あぁ、帰ってきたみたいだから聞いてみるといいよ。親切な人だからもしかするとあんたのことを送ってくれるかもしれない」

ドアが開いた。

「ノーカーティンが落ち着かないみたいだけど、なんかあったのかい?」

入ってきた人を見て俺は驚きの声を上げた。と同時に相手も驚きの声を上げる。

「コンラッド!!!」
「ユーリっっ???」

「なんだい、知り合いかい?」

コンラッドは俺の側に駆け寄ってくる。抱きしめられるのかと思ったが、さすがにそれはなかった。その代わりタオルで頭を拭いてくれる。

「何でユーリがこんなところに?あぁびしょびしょじゃないですか!風邪を引きますよ」

「あんたこそ、何でここにいんの?でも良かった、どうやって帰ろうかと思った」

「とりあえず坊ちゃんは風呂に入っておいで、ちょうど湯も入ってるよ。着替えがないね...隣まで行って借りてこよう」

「すまない、ピーチェ」

「いいよ、あんたには良くしてもらってるしね。ティムシ行くよ」

「僕も?」

「そうだよ、早くおし」

ビーチェと呼ばれた女性は男の子を連れて、出て行った。その前に彼女はコンラッドの側へ行き、耳打ちをしていった。

「彼女、今コンラッドになんて言ってったの?」

くすっとコンラッドは笑って俺の耳元で囁いた。

「『ごゆっくり』だって」

低音で囁かれ、俺は一気に真っ赤になった。コンラッドはまたクスッと微笑んだ。

「せっかくビーチェが気を利かせてくれたところだけど、そのままじゃ風邪を引いちゃうよ。風呂はこっちです」

手をとられ風呂場へ連れて行かれる。

「ゆっくり温まって」

出て行こうとするコンラッドの服を思わず掴んでしまった。驚いた顔をしてコンラッドが振り返る。俺は慌てて、手を離した。

「えっと、その」

俺が言葉に詰まっていると、コンラッドは微笑んだ。

「髪の毛、洗ってあげるよ」

映画の中でしか見たことのないようなバスタブに体を伸ばして、寄りかかるような形で頭を洗ってもらう。コンラッドの声が頭のちょっと高い位置から聞こえる。首をのけぞるとコンラッドの顔が見えた。

「ねぇ、コンラッドはなんでこの村に来たの?彼女の話だと、前からの知り合いみたいだね」

「彼女の夫は先の戦争で俺の部隊にいたんです。戦争が終わったあと傷ついた者達や、彼女のように大切な人をなくした人達が集まってこの村が出来ました。街ではなく、ひっそりと静かに暮らしたいということで」

「そっか...」

「俺は彼女の夫から、彼女宛の手紙と形見の品を預かって、彼女に渡したんです。それから何度かこの村に足を運んでいます。はい、お湯かけますよ」

俺は目をつむった。お湯をかけてもらい、泡を洗い流す。湯船から上がるとコンラッドがバスタオルごと俺を抱きしめた。

「お帰り、ユーリ」

「ただいま、コンラッド」

コンラッドがゆっくりと俺にキスをする。ゆっくりと唇が重なる。触れていただけの唇がついばむようなキスに変わり、次第に深いものへと変わっていく。

(やば....)

唇を離そうと俺は体を引こうとするが、コンラッドの腕が腰に回り、反対に体を押しつけるような形になった。

「ん.....っ.....んぁ」

立っていられなくなって俺はコンラッドにしがみついた。

「ユーリ...」

コンラッドが含み笑いをして耳元で俺の名前を囁く。

「っ...誰のせいだよっっ」

俺は真っ赤になってコンラッドの肩に顔をうずめる。さっきのキスだけで俺はやばいぐらいに感じてしまった。
だって仕方ないじゃないか。コンラッドに会ったの久しぶりなんだし、俺若いんだからっっ。違うことを考えて体の熱さを逃がそうとしていたが、俺の腰に手を回していたコンラッドの手が前に回る。

「ちょっ!!!コンラッド」

「このままじゃ辛いでしょ」

確かにそうだけど、でもここって人ん家じゃんか!!!抵抗しようと試みるが、コンラッドの指が俺の先端を撫でただけで、試みはあっさりとくじけてしまった。せめて声を出さないように、俺はコンラッド胸に顔をうずめて、背中に手を回した。

「ん...あっ....はぁ..ン」

「ユーリ」

「んン....あぁぁっ」

コンラッドの手の中で俺はイってしまった。酸欠みたいで俺は何度も大きく息を吸う。

「大丈夫?」

コンラッドが俺の頭に優しくキスをする。俺はうなずいた。

 

もう一度体を洗い流し、体を拭いていると、ビーチェが戻ってきて服を渡してくれた。
良かった...最中じゃなくってと思ったこと自体恥ずかしくて一人で赤くなりながら借りた服に着替えた。

「ちょうど良かったみたいだね。お腹がすいたろ、用意できてるよ」

「ありがとう」

 

コンラッドは俺のことを弟の友人だと紹介してくれた。まぁ間違ってはいない。
魔王だということは、内緒にして欲しいとコンラッドにあらかじめお願いしておいた。

夕食は質素だったが、おいしくて、この村の話を聞きながら時間が過ぎていった。

結局、俺達は翌日出発し、城へ向かうことになった。

「悪いわね、狭くて」

「いえ、すいません。ありがとうございます」

「ゆっくりお休み」

彼女は部屋を出て行った。

「ユーリ明日は早く出発するから休んだ方がいいよ」

「うん」

俺はベットの上に上がった。しかしベットはシングルサイズで2人で横になるには難しそうだ。

「俺は大丈夫。座ったままでも眠れるからね」

「けど」

コンラッドはポンポンと俺の頭を叩いた。

「ちゃんと寝ておかないとノーカーティンから落ちちゃうよ」

その手が優しくて、俺は安心すると急に睡魔がおそってくる。俺はすぐ眠ってしまった。




「ん…」

目が覚めるがまだ室内は真っ暗だ。俺はコンラッドの姿を探してあたりを見回した。

「コンラッド」

窓辺で外を見ていたコンラッドが振り向いた。

「眠れない?」

「なんか目が覚めちゃった。隣いい?」

コンラッドはもちろん、と微笑んで、窓の外が見えるように横にずれてくれた。

「うわっすごい」

空一面に広がる星。人口的な光があったらここまでの星は見ることはできない。

「プラネタリウムよりすごいや。なっ、コンラッド、ちょっと外にでない?」

「いいですよ」

俺はコンラッドと外に出て、湖まで歩いた。

「すごい」

俺は感嘆な声をあげた。波一つない湖面が鏡になり空の星を映していた。

「綺麗ですね」

「本当だな。俺こんなの初めて見た」

「全部、あなたの物ですよ」

「え?」

俺は驚いてコンラッドを見た。

「この土地も、湖も眞魔国の領土です。だから貴方のものですよ」

「なんか、実感わかないな〜」

コンラッドが握ってきた手を握り返す。

「俺のいたとこ、七夕だったんだ」

「七夕?」

「そ。年に一度願い事が堂々と言える日。俺さ、毎年、願い事決まってたんだ」

コンラッドは黙って聞いている。

「けど今年は違うこと願ってた。あんたに会いたいって。けどさ、あんたに会いたいのは年に一度だけじゃないし、いつも一緒にいたいって、思ってるんだ」

「俺もいつも一緒にいたいよユーリ」

「けどさ、俺なかなかこっちにこれなくて、来ても突然帰っちゃうしさ…」

「待ってますよ、あなたが来るのをいつまでも、ずっと」

俺はコンラッドを見た。

「けど、いつこれるかわかんないだろ。俺がいる場所とここは時間の流れが違うから凄く待つことになっちゃうかもしれない」

「それでも待っているよ。それにユーリがどこにいてもユーリことを想ってる」

俺はコンラッドの手をギュッと握った。

「ありがとう」

コンラッドの肩に頭をもたせかける。顔をあげるとコンラッドの瞳に銀の星が見えて、すぐ見えなくなった。





「ありがとう、お世話になりました」

「また二人で遊びにおいで。ひとり来て迷子になるんじゃないよ」

あははと俺は苦笑いした。

「また来るよ。君も王都に遊びにおいで」

ティムシは大きく頷いた。

「それじゃ」

後ろを振り向きながら手を振る。道を曲がり二人の姿は見えなくなった。

「急いで戻りましょう。きっとみんなが待ってますよ」

「そうだな」

俺がコンラッドにしがみつくとスピードが上がった。

七夕にはやっぱり西武ライオンズ、優勝って書こう。

だってコンラッドやみんなに会いたいって想ってるのは年に一回だけじゃなくて毎日なんだからさ。

 

2009/7/23

七夕には間に合わず、ユーリの誕生日の方が近いのですが、やっとUPできました。今年は雨降らなかったですね。夜外を散歩しながら星を探しちゃいました。残念ながら東京の空では天の川は見れなかったですけど。

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