これから来る夏休みのアルバイトは村田のペンション『M一族』で働くことに決めた。本当は地元のバイトで良かったのだが、住み込みの間、村田が夏休みの宿題を手伝ってくれるというオプションに、即決してしまった。そしてテスト休みの間には簡単なバイトも予定していた。
なのに今、俺は眞魔国にいたりする。もしかしたらこのまま暫くは眞魔国に滞在になるかもしれない。そのため密かに計画していたことが崩れていきそうだ。
俺は夕方眞王廟を訪ねた。
「ヨザックいる?」
村田の部屋に入ると、村田は読んでいた分厚い本をパタンと閉じた。
「あのね、何で彼がここにいるわけ?」
「だって、仲良いじゃん」
「別に良くないよ」
不機嫌に眉間に皺をつくる。喧嘩でもしたんだろうか。
「けどグウェンダルが、ヨザック任務を終えて眞王廟に向かったって言ってたぞ」
「確かに来たけど直ぐに出てった」
「どこに?」
「さぁ?行きつけのバーとか宿屋とかじゃない」
それだけ言うと膝の上に置いていた本を再び読み始める。これ以上聞ける雰囲気ではなさそうだ。
「サンキュー」
俺は礼を言ってその場を後にし、城下に向かった。
繁華街に入る前にフードを被る。多分前に訪ねたことのある飲み屋兼宿屋にいるのだろう。人混みを避けながら宿屋の親父にヨザックの居所を聞くと二階の端の部屋だと教えてくれた。
階段をあがった踊場で酒瓶を抱えて酔っている若者が2人しゃがみ込み通れない。
「ちょっとごめん」
一応声をかけて間を通ろうとしたが、若者は足を出してとうせんぼをしてきた。
「ヘヘヘ〜通行料〜出せよ」
シカトして進もうとするともう一人に肩を掴まれ壁に押し付けられた。
「離せよっ!」
その腕を振り払う。どう見ても2人とも未成年だ。
「へーよく見るとすげー可愛い子ちゃんじゃん。一緒に飲もうぜ」
「俺は20歳までは禁酒って決めてんだよ!大体お前ら未成年だろ!今からそんな
に飲酒すると、成長の妨げになるんだぞ」
睨みつけた所で全く効果なしだ。こうなれば急所を一撃、走って逃げるしかない。そう覚悟を決めた時、ひとりの男が物凄い音をたてて階段を転げ落ちた。
俺ももう一人も驚いて振り向くと、鮮やかなブルーのドレスを着た大柄な女性が指をポキポキ鳴らしながら立っていた。
「ヨザック!」
ナイスタイミング。
「あら〜ごめんなさい。でもこんなとこで立ち話はよくなくってよ」
「てめぇふざけんな」
残る若者は果敢にもヨザックに向かっていったが最初の若者と同じ末路を辿った。
「ありがとう、ヨザック」
「ありがとう、じゃありませんよ陛下!なんでまたひとりでこんなとこに来るんですか!」
「村田に聞いたらここだって言うし」
「あ〜〜もう。猊下機嫌良かったですか?」
気まずそうな顔で尋ねてくる。
「なんか凄い悪かった。喧嘩したの?」
「いえ、何で怒ってるのか俺にもサッパリ」
さっきの音を聞きつけ階下に人が集まってきた。
「兎に角、一度部屋へ入って下さいな」
ヨザックに促され、端の部屋へ通された。
「どうぞ掛けてください」
「ありがとう」
俺はベットの端に腰掛け、マントを脱いだ。
「変装もしないで来たんですか!全くも〜危ないじゃないですか、そうでなくても目立つのに」
「だってさ、眞王廟から直接来ちゃったから」
やはり黒髪はヤバかったかぁ。でもフード被ってるしと俺は心の中で呟く。
「坊ちゃんみたいに可愛い子が繁華街を独りで出歩くなんて、襲って下さいなって言ってるようなもんでしょ」
「俺、男ですけど」
全くっとため息をついてヨザックは壁にもたれて腕を組んだ。
「で、保護者も連れず俺のとこに来たってことは、なんか内緒の話しなんすか」
「へへっ」
俺は前に体を乗り出した。さすが話が分かる。
「あのさ、俺こっちにいる間、アルバイトしたいんだ」
「アル…バイト?」
「うん、短期で働いて給料をもらいたいんだけど」
ヨザックは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「給料をもらう?国の王が?自分で働いて?」
俺はうんと頷いた。
「お金が欲しいなら閣下に話したらいいじゃないですか」
「人から貰ったお金じゃ意味ないんだよ。ちゃんと自分で働いたお金じゃないと」
つくづく変わった王だと思う。自分達のような育ちも悪い兵と気さくに話しをするかと思えば国民の税で贅沢はしないといったりする。
真剣な顔をしている主にヨザックは溜め息をついた。ダメと言えば自力で働き場所を探してしまうかもしれない。それならば目の届く範囲にいてくれた方がまだましだ。
「わかりました。ちょうどここの接客係が辞めちまって募集してたんですよ。雇い主には話しときますから。明日からで良いんですか?」
「もー全然OK、よろしくな。じゃあ俺今日は帰るよ」
俺は立ち上がってフードを被った。
「城まで送りますから着替えるまでちょっと待ってもらえますか」
「大丈夫。ヨザックこれから仕事だろ」
そう言って部屋を飛び出そうとした俺の肩をヨザックが掴む。
「ダメです。城からの送り迎えが条件じゃないと隊長に話しますよ」
「うっ…わかった。けど絶対コンラッドには内緒だかんな」
「はい、はい、わかってますよ」
やはり隊長がらみなのね。わかってはいたが、なんだか微笑ましくて、つい笑みがこぼれた。
翌日…ヴォルフラムは直ぐに寝ちゃうからいいとして、問題はコンラッドだ。怪しい行動をすると直ぐにばれてしまう。そこで村田にお願いすることにした。
「一週間だけでいいからさ、なっ頼むよ」
「別にこっちで働かなくてもいいだろ」
「けどさ、こっちのお金、俺、全然持ってないし」
「お金なんて必要ないだろ。アレ欲しいって言えば何だって手には入る立場じゃないか」
「だいたい、そんなの俺の金じゃないじゃないか。国税だろ。自分が欲しい物、人の金で買えないよ」
真面目だなぁと村田は呟いた。
「わかったよ。けど一週間だけだよ。さすがにあのウェラー卿をそれ以上僕も騙し続けるのは難しいからね」
「サンキュー、さすが大親友。じゃあ、学校の勉強をみっちり教えてもらうから一週間、食後は眞王廟に通うってのでよろしくな」
「帰るの遅くならないでくれよ、君の保護者が直ぐに乗り込んで来るぞ」
「わかってるって。けど絶対コンラッドには内緒だからな」
「はいはい」
村田は気のない返事をした。大体この王様は昔から素直で正直ものなのだ。村田が内緒にしていたところでバレるのは時間の問題だろう。
大体あのカルガモが気づかないはずがないのだ。
そしてその夜ー
「俺、暫く眞王廟で村田に勉強教えてもらうから」
食後、部屋に来たコンラッドに昼間考えていた説明をする。
「眞王廟でですか?」
俺は頷いた。
「あっちでそろそろ試験が近いしさ、せっかくだから村田が教えてくれるって言うし」
「こちらに猊下をお呼びしたらどうですか」
多分そう言われるだろうことは予想済みだ。
「それも考えたんだけど、眞王廟の方が静かだし、俺が教えてもらうのに来てもらうの悪いじゃん」
よし完璧。恐らくこの後コンラッドが眞王廟まで送るといい出すであろう事も予測済みだ。村田曰わく、それは受け入れて眞王廟まで送ってもらい、眞王廟から帰るとき
はヨザックに送ってもらう事にする、と言うようレクチャーを受けた。
「なら眞王廟まで送ります」
「うん、サンキュー」
馬小屋まで行き、アオに乗った俺の後ろへコンラッドが乗り込む。
「帰りは何時頃迎えに行けば良いですか?」
「帰りはグリエちゃんに送ってもらうから平気だよ」
てっきり『わかりました』と返事がくるものと思っていたが
「いえ、俺がお迎えに上がりますから」
とキッパリ宣言されてしまった。
「えっ!いいよ、また来るの面倒だし」
「ならユーリの勉強が終わるまで、眞王廟で邪魔にならないように待ってますよ」
(ヤバい…)俺は慌ててしまった。
「でもコンラッドも日中疲れてるんだし、先に帰って休んでてくれよ」
「ユーリが側にいないのに休めません」
「でも、ほら、待たれてるのも落ち着かないしさ俺の方が勉強疲れでそのまま眞王廟に泊まっちゃうかもだし」
「…俺に迎えに来られるとマズいことでもあるんですか?それとも俺と一緒にいたくないとか…」
耳元で囁かれたちょっと悲しげな声に俺は体を捻って反論する。
「そんなわけないだろ!何言ってんだよ!ただコンラッドが眞王廟で待ってたり、また迎えにきてくれるってなっちゃったら俺、集中出来なくて勉強どころじゃなくなるしさ。それに…」
「それに?」
「えーっと、なんかヨザックが俺に相談があるらしいんだよね」
「グリエが?陛下に?」
コンラッドが少し驚いた声をあげる。
「あっ、これ内緒にしてくれよ。だから、あんたが帰り一緒にいると言いにくいだろ」
少し間が空いたあと「わかりました」と返事があった。
別に後ろめたい事をするわけでもないのに、嫌な汗をかいてしまい、なんか罪悪感が残ってしまう。
「陛下、着きました」
「うんありがとう。気をつけて帰ってな」
俺はアオから降りると眞王廟へと入っていく。その姿を見届けてから、コンラッドは手綱をひき、きびすをかえした。
「うへーヤバかった」
「バレたの?」
「いや、バレてはないけど、ヨザックが帰り送るって言うのに迎えにくるか眞王廟で待ってるっていうから」
「ホント心配性だね〜」
「陛下〜そろそろ出掛けますけど着替えてもらえますか?」
「わかった」
着替えってウェーターの制服かな。有利は隣の部屋に入っていった。ヨザックが用意してくれた服を広げて、唖然としたまま固まってしまった。
「寸法は大丈夫だと思いますけど」
「ヨザック!!」
「はい?」
「服、間違ってるぞ、これ女物じゃんか」
「間違ってないですよ。ん〜陛下ならこっちの色の服もお似合いですけど〜」
極端に布地が少ない服をヨザックが広げている。
「それ却下。大体全部女物じゃん」
「だって坊ちゃん、俺の店、女装給仕の酒場ですぜ」
そうだった。そもそもヨザックが働いている場所なのだ。
唖然としている有利に「やっぱ、止めときますか」と話しかけてくる。俺は首を横に振る。
「やる」
男に二言なし。なるべく布多めのチャイナ風ドレスをチョイスする。スリットが大きく入っているが、その分動きやすい。
「まぁ、お似合いvvすっごく可愛いですよ」
「……」
複雑だ。
「じゃ後はグリ江が綺麗にお化粧しますね〜」
茶色のコンタクトを入れストレートの茶色のカツラをかぶり薄化粧をしてもらう。
「ヒュー〜」
ヨザックが満足気に口笛を吹く。
「もぅいいよ、早く行こう」
「気をつけるんだよ」
部屋から出た俺に村田が中から声をかけた。
「行ってくる〜」
へたれた声を出して、俺達は酒場に向かった。
「何かあったら大声で俺を呼んで下さい。それから知らない人にはついていかないこと」
「わかったよ」
「あぁ〜マジで心配。やっぱり止めません?陛下」
「やめないよ。大丈夫だって。注文聞かなくていいし、出来た料理テーブルに運ぶだけだろ。俺にも出来るって」
「なら、ホントに客に絡まれたら逃げて下さいね。俺も注意してみてますけど」
「心配性だな、ヨザックってば」
ダメだ自覚がない。ヨザックは小さくため息をついた。
ヨザックが厨房で俺の事を紹介してくれ、早速仕事開始だ。流石に名前をそのままと言うわけにはいけないので『ユン』と言う名前で通す事にする。
「じゃ、これ持って行ってくれ」
「はーい」
初仕事だ。ドレスが歩きにくいので転ばないよう注意が必要だ。
「お待たせしました」
今まで雑談していたテーブルの客が会話をやめて俺を凝視する。
ジロジロ見られやっぱりバレたのか、それとも女装が変なのか、内心焦りまくりながら皿をテーブルに並べ、早々に立ち去った。
「やっぱり変だよな…けど一週間だけの辛抱。よしっやるぜ!」
と心意気も新たに次の皿を取りに厨房へ向かった。
「はぁ、初日無事終了」
俺よりもヨザックの方が大きなため息をついた。何事もなくてマジ良かったとヨザックは心底思った。しかし後6日。こりゃ閣下に特別手当てを請求しなくては。
「なんか疲れてるなヨザック」
あなたがそれを言いますか…
酒場にいても常に陛下を視線で追っていた。おかげで常連には様子がおかしいなどと言われてしまった。。しかも他のテーブルでは『あの可愛い子は誰だ』と言う話でもちきりだった。中には幾らでも出すからテーブルにつけてくれと言うヤローまで現れる。
「けど、本当に料理運ぶだけでいいの?別に注文とったり皿洗い位だったら出来るよ」
「いえ、運ぶだけにしといて下さい」
酒場の皿洗いなんてさせているのがバレたらヨザックの首が飛んでしまう。
「眞王廟に戻りましょう。着替えたら結盟城までお送りしますから」
「うん、ありがと」
にっこり笑う陛下は確かにヨザックが見ても強烈に可愛かった。何も知らなければつい手を出してしまうかもしれない。
「じゃ行きましょ」
一度眞王廟に戻り、服を着替えてから血盟城へ戻る。ヨザックと別れて、一度風呂に入ってから部屋に戻ろうとするが、その前にコンラッドの部屋に寄る。
しかしノックをしても返事はなく、扉に鍵がかかっていなかったので中を覗いてみた。
「出掛けてんのかな?」
どうやら留守のようだ。仕方なく俺は部屋に戻った。
ヨザックは馬をゆっくり歩かせて、宿屋へ戻ろうとしていた。眞王廟に泊まっても良いという許可は随分前に猊下からもらっていたが、その猊下は現在すこぶる機嫌が悪い。しかも原因がわからないから困っている。陛下とは普通に話しているし、自分以外の人とはちゃんと会話しているからやはり自分絡みなのだろう。
「誰だ」
建物の前でヨザックが歩みを止める。
「話がある」
でてきた人物をみて、ヨザックは頭を抱えた。
「よしっ、今日でラスト!!行ってくるな、村田」
最初は不慣れだった女装も一週間経てば流石に慣れてしまった。声をかけられたりしたこともあるがヨザックがそのたびに対処してくれていた。
「悪いな、ずっとヨザック借りてて」
「べつに。アレ僕のもんでもないし」
「何だよ、まだ喧嘩してんのか?ずっとだろ。夜も俺送った後、ヨザックまた宿に戻ってるって言うじゃんか。仲直りしろよ、いい加減」
「仲直りも何もケンカしてないし、婚約者がいるのにその人のそばにいないでココにいるのも変な話だろ」
「婚約者って誰が?」
「グリエ・ヨザック」
「誰と!!!!」
「フォンボルテール・グウェンダル卿」
「えーーーっっ!!!」
「声でかいよ渋谷」
「だって、何で??えっお前それでいいの?!」
俺は衝撃的な事実にパニックを起こす。ヨザックとあのグウェンダルが婚約!!!!!
「ほら、そろそろ時間だよ渋谷。迎えが来たみたいだし」
それなのに村田は冷静だ。
「坊ちゃん、お待たせ〜あれ?どうかしました?」
「ちょっと来いよ!どうかしましたじゃないだろヨザック!!なんだよグウェンと婚約って聞いてないよ!!」
「ヘ?閣下と俺が?」
「そうだよ」
俺は隣の部屋へヨザックを引っ張っていった。
「その、男同士ってのがちょっとなんだけど、まぁ俺にも男の婚約者がいる訳だし、けど何で黙ってたんだよ。もし本当にそうで、その…2人がちゃんと愛しあってんならいいけど、俺はてっきり村田と仲良いからそうなのかなぁと思ってたからビックリっていうか」
「ちょっと落ち着いて下さい陛下」
「反対はしないよっ。けどやっぱりなんていうかっ」
「陛下〜違いますってば誤解です」
「誤解?」
「そうですよ〜あーっもう」
「時間だよ。そろそろ行かないとヤバくないかい二人とも」
「あぁホントだ。ヨザック、取りあえず出掛けよう」
村田はそれだけ言うとすでに部屋からでて行ってしまった。
「ですから、不慮の事故ですよ」
酒場に向かう途中、今回の騒動の説明をヨザックがする。
「閣下がよろけたとこに俺がいて、たまたま俺の頬に閣下の手が当たっちまったと」
「それって俺がやっちゃった格式高い眞魔国のプロポーズ……」
「そのとおりです。まぁ俺としてはフォンボルテールに婿入り出来るんなら将来安泰なんで断る理由なんて無いんですけど〜」
「えーーっグウェンダルはなんて」
まさかグウェンダル、ヨザックを婿に迎えるつもりじゃ。
「閣下はアニシナちゃんと清算しないとですからね〜」
「アニシナさん!!」
やっぱりあの二人そういう関係だったのか!と言うことはグウェンをめぐって三角関係!?
本気で悩みだした俺に、笑いをかみ殺しながらヨザックが話を続けた。
「俺は別に閣下の愛人でもかまわないんですけど〜でも身分違いにも程がありますし、俺は泣く泣く身を引く覚悟なんで」
「そっか。でもさそれちゃんと村田に話したのか?もしかしたらどっかでその話聞いて、水臭いって怒ってるのかも」
「まさか、猊下がそんな事で怒らないでしょ」
「いや、あいつ隠し事嫌いだからなぁ。自分は隠し事ばっかのくせに。じゃヨザック、俺、厨房に行くな。今日で終わりだし頑張るぞ!」
この一週間、怒っていたのはやはりこのせいなのか…確かに他に思い当たる節がない。
帰ったら早攻、猊下の元に行かなくては。取りあえず、陛下の護衛を無事遂行するため、ヨザックは酒場の中へと入って行った。
「なんか日増しに混んでってるよなぁ」
テーブルは全て埋まり、立って飲んでいる人で酒場は溢れかえっていた。その殆どが自分目当てで来ているとはこれっぽっちも気づいていなかった。
「はい、お待ちどうさん」
お酒をテーブルに置いて手を引っ込めようとした時、その手を掴まれた。
「なぁ、せっかくだから一緒に飲まないか」
「いや、遠慮しとく」
「どこに住んでるんだ、帰り、送ってくぜ」
「手、離してくんないかな。仕事中だし」
取りあえず接客業だ。できるだけ穏便に済まそうとするが、相手はしつこく誘ってくる。一緒のテーブルにいる男の連れもとめる気はないようでジロジロにやけながら俺を見ている。
「俺に付き合うなら離してやってもいいぜ」
「悪いけど付き合う気、全然ないから。離せよ」
「ひゅー可愛い顔して気が強いな。そこも良いねぇ」
「ふざけんなっ」
腕を振り解こうとすると、思い切り腕を引かれバランスを崩す。
「うわっ」
体制を崩し前のめりになると、目の前に光るモノが見えた。
「おっと、大人しくしときゃ殺しはしないよ。付いてきてくれないかな、可愛い子チャン」
ナイフが腹部に当てられる。ヨザックを探すが、もう一人の男が立ち上がり視界をふさいだ。
「さっ、ドアに向かいな」
俺は唇をかんだ。何か方法はないかと辺りを見回し、ヨザックを見つけようとするが、後ろに回った男がナイフ脇腹にを押し付ける。なすすべもなくドアまで近づくと、後ろにいた男が「うぐっ」と妙な声を上げて、床にナイフを落とした。振り向くと男は床にしゃがみこんまま動かない。何が起こったのかわからなかった。
「てめぇ」
前にいた男が俺の横にいた人に殴りかかっていく。その人物をみて俺は声を上げそうになった。
「まだお仕事中の方を連れてどこに行くのかな」
男の腕を掴んでひねりあげると涼しげに聞いている。
「いてててっ、離せっ、折れる」
コンラッドはニコッと微笑んで男に言い聞かせる。
「怪我をしたくなければ床で倒れてるお友達を連れてとっとと出ていくんだな」
そして手を離すと振り返りざま殴りかかる男の腹に膝蹴りが入った。
「ううぅ」
男はその場にうずくまった。
ヤバい、格好よすぎる。俺はついコンラッドに見とれてしまう。
「大丈夫?君」
「あっ、はい、助かったよ、ありがとう」
「君みたいな可愛い子がこんなところで働いてるなんて危ないな」
こんな酒場に似合わないなんて爽やかな笑顔。俺だってことに気づいていないようだ。ほっとしたと同時にちょっとムッとする。他の人にこんな爽やかな笑顔を大放出して欲しくない。
けど何でこんなとこにコンラッドがいるんだろう。まさか夜遊び!!そういえばこの一週間、バイトの後コンラッドの部屋に寄ってもいなかった。
コンラッドは辺りをキョロキョロ見回した。
「誰か捜してるの?」
「ああ、友人がここで働いているんだが…君もここで働いてるんだよね。グリエ・ヨザックって知ってるかい?」
「知ってるよ。酒場にいないみたいだから上の部屋かも」
「案内してもらっても良いかな」
「いいよ」
夜遊びじゃなくてグリエちゃんに会いに来たのか。ちょっとホッとして客の間をすり抜けながら二階に上がる階段を上っていった。
「ヨザック、いる?」
ノックをしても返事がない。俺はドアを開けて中に入った。隣の部屋も覗くが居ないようだ。
「いないみたいだ。やっぱり下の酒場かも」
振り返るとコンラッドがドアの側に立ち、後ろ手で鍵をかけると俺の方へ歩み寄ってきた。
へ?何で鍵かけんだ?と考える間もなくコンラッドが俺にキスをしてきた。
「ン〜んッ」
両腕で胸を押し返してもびくともしない。
「ん…はぁっ」
やっと顔が離れ、俺は怒りのあまり平手打ちを食らわすが、簡単に止められてしま
い、思い切りコンラッドを睨みつける。
「なにすんだよっ」
「知ってますか?酒場に来ている殆どが、酒ではなくてあなた目当てってことを」
「何言って、うわっ!」
抱き抱えられてベッドに押し倒された。
「なっ!!」
両手を頭上で組まれて拘束されたまま、またキスをされる。
頭の中でどうして?と疑問が駆け巡る。
コンラッドが俺以外の人とこんな関係になるなんて。いや、実際は俺なんだけどコンラッドは俺だってこと知らないわけで……
しかも半ば強姦みたいなもんじゃないか!俺のこと好きとか言っておきながら他の奴とエッチすんのかよ!
コンラッドの手が太ももを探り、スカートのスリットから中に入り込んできた。裏切られた事が悲しくて、俺は全身の力を抜いた。
コンラッドの動きが止まる。
「抵抗しないの」
「好きにすればいいだろっ」
悔しくて涙がでてくる。
「そんな奴だって知らなかった。誰でもいいんだな」
「誰で良い訳じゃないけどね」
「ならなんでっ…」
そんな事、こんな状況で言われたって。
「泣かないでユーリ」
「誰が泣かせて…って?え?」
「ユーリ以外とこんなコトする気は全然ないよ」
「……わかってたのか」
「はい。ユーリがどんな姿でも、俺がわからないわけないでしょ」
呆然とする俺にコンラッドが少し怒った顔をする。
「こんな格好して、俺がどれだけハラハラしてたかわかりますか?」
「知ってて見てたの!」
「ユーリがみんなに、特に俺に内緒にするようにしてたから、気付かない振りをしてましたが、さっきの二人組の行動が二日前から怪しくてずっと見張ってました。やっぱりあなたに危害を加えようとしましたからね。本来ならあの程度で済まされない事です」
「だったらたなんで俺が絡まれた後に他人の振りすんだよ」
俺はコンラッドが浮気したと思ったんだ。
「つい、可愛くて」
「はぁ〜?」
「すぐにバラしちゃうのが勿体無い気がしてね。普段からは想像できない可愛いい格好をしてるもんだから」
「信じらんねぇ!!俺マジでコンラッドが浮気すんのかと思って悔しいやらムカつくやら腹がたって仕方なかったのに」
「浮気なんてしません。けどもしかしたら他の奴からこんな目にあってたのかもしるないですよ」
「そんな訳ないだろ」
「自分がどれだけ人を惹きつけるのか、もっと自覚してもらわないとな」
「えっ?」
コンラッドが再び俺に被さるとスリットから手を忍び込ませ、紐パンの紐を片手で器用に解いてしまう。
「ちょっと待てっ!!」
俺は足の間まで顔をずらしてきたコンラッドの頭を腕を伸ばして押し返す。
「待てません」
「ヨザックが帰ってきたらどうすんだよ」
「アイツは帰って来ませんよ」
キッパリと言い切られてしまう。
「マジ駄目だって!俺、仕事中!!!」
「大丈夫」
コンラッドは俺のスカートをめくりあげた。何が大丈夫なんだよっっ!
真っ赤になってジタバタする俺の足を抑えて、足の間からコンラッドが俺を見上げ、ニコっと笑った。
「もぉ、信じらんねー」
ドレスも下着もカツラまで床に散らばって落ちている。
「何がです?」
「あんたもヨザックも……俺も!」
内緒にしていたかったのに。
「ねぇユーリ、何で俺に内緒でこんなことをしてたの?」
「……教えない」
コンラッドから背を背け、小さく丸くなった。絶対に聞かれると思った。
「ユーリ」
コンラッドが顔を覗き込もうとするのをますます小さくなり顔を背ける。
「俺には言えないこと?」
「……」
体温が離れる。
「やっぱり俺には言いたくないんですね…」
「そうじゃなくてさ」
「誰にでも隠しておきたいことはあります。それに俺が未熟であなたの信頼をとるに値しないだけですから」
「何言ってんだよ、もう違うって」
「いえ、いいんです」
俺は起き上がって背中を向けて座ってるコンラッドの顔を今度は俺が覗きこんだ。
「良くないって、そんな言い方すんなよ」
「俺なんかよりヨザックの方がずっと頼りになりましからね」
「もうなんだよっっ、ヨザックは関係ないじゃんか」
「でもヨザックには話してるんでしょ」
「話してないよ」
「……」
「だからぁ、そんな目で見んなよ」
いつも堂々として、何でも出来るのになんで俺がちょっと内緒にしてたぐらいでなんでこんなに拗ねちゃうんだろう。まるで大型犬がシュンとしてるみたいだ。
俺はコンラッドの広い背中に抱きついた。あぁもう、仕方ないな。
「もうすぐ誕生日だろ。だからプレゼント買いたかったんだよ」
「プレゼント?」
「そっ。あんたにあげるのに人からもらったお金とかであげれるわけないじゃん」
「それで働いてたの?」
「そうだよ。うわっ!」
いきなり体を反転され抱きしめられる。
「ユーリ」
「なんだよ、急に」
「俺は世界一の幸せ者です」
「大袈裟だなぁ」
「いえ、本当ですよ」
本当に嬉しそうなコンラッドの笑顔を見て俺も嬉しくなる。
「あんたが幸せなら俺も幸せだよ」
「愛してる、ユーリ」
コンラッドが優しく唇を重ねてきた。
俺も背中に腕を回す。バレちゃったら仕方ない。プレゼントは一緒に買いに行こう。
「バレちゃったら隠す必要ないんだけどさ、コンラッド、何か欲しいものないの?」
「欲しいものですか?」
「そう」
「そうですね。ユーリは欲しい物はないの?」
「えっ?俺?」
「そうですよ、あなたの誕生日なんだから」
あげることばかりで、もらうことなんて全然考えてなかった。
「欲しい物?特にないけど...俺のことよりさ、あんただよ。俺、ボールパークとかもらってるのに何にもお返ししてないし」
「俺はもう、あなたからたくさんの物をいただいてますよ」
コンラッドが眼を細めて、微笑んだ。けど何のことかわからず俺は首をかしげた。
「え?俺、何にもあげてないよ。とにかくさ、何が欲しいのか言ってよ。ちょっとぐらいなら奮発しちゃうし。けどすごい高級な物は勘弁な」 「お気持ちだけで十分嬉しいんですけど.....そうですね、とりあえず今この状態ではあなたが欲しいかな」
「なっ!、ちょっとどこ触ってんだよコンラッド!!」
再び伸びて来た手を払いのけようとするが片手で押さえられ、体を唇が這うと、すぐに抵抗出来なくなった。意識を手放す前にコンラッドが耳元で囁いた。
「あなたが俺の前に現れて、そばにいることを許してくれているのが、俺にとって最高のプレゼントですよ。誕生日おめでとう、ユーリ」
「ん....ぁ、コンラッドも、お誕生日おめでとう」 俺もあんたが側にいてくれるなら、何にもいらないよ。ぎゅっと抱きしめられて、俺は小さく囁いた。 これからもずっと俺の側にいて欲しい。来年も、さ来年もずっと。そして一緒に誕生日を祝うんだ。それこそ何回祝ったのか忘れちゃうぐらいに。 『お誕生日おめでとう』 俺は薄れる意識の中で、何度もつぶやいた。 End 2008/7/25
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